<書評>『歩く 見る 考える沖縄』 戦跡にある見えないもの

 本書の著者の大島和典さん(香川県出身)は、放送関係の仕事を退職後、2004年から沖縄に住み、千を超える団体や個人に沖縄の戦跡や基地を案内した「平和ガイド」である。
 81歳でガイドを引退されたが、本書には、著者の現役時代のガイドのエッセンスが採録されており、明快な語り口や息遣いまでが再現されている。写真や図版も豊富であり、南部戦跡などでの平和学習を疑似体験できる本書は、修学旅行の事前学習やリモート平和学習のための案内書として必携である。
 著者は、沖縄戦で戦死した日本兵の遺族でもあるが、一遺族としての語りに陥ることを自制している。8歳で父親を失った著者は、「なぜ沖縄で死ななければならなかったのか」という疑問を出発点として、「戦争を防ぐ、さらには戦争を起こさないためにはどうしたらいいか」と問うてきた。
 こうした著者のスタンスの根底には、沖縄戦末期の本島南端の状況を知れば知るほどに、その状況下で命を落とした父親が、住民に対して、加害行為をしたのではないかという透徹した想像力にもとづいた自戒があるのだろう。そのまなざしは、常に住民の被害に向けられていて、あたたかい。
 著者は、戦跡案内の最後に本島南端の海岸に立ち、サン・テグジュペリの『星の王子さま』の言葉を引いて、「一番大事なものは目に見えない」と語りかけるという。それは、目の前の海の青さ、美しさだけに目を取られるなという警告である。無数の死体に埋めつくされたこの地で彼のガイドを受けたある修学旅行生は、「ただ見るだけでは判らないものが存在している」「この空も、海も、全て過去の記憶をはらんでいる」と、感想文集に書き残した。
 沖縄戦や沖縄について知ることを通して、目に見えていないもの、見えなくされているものへの見方を教えてくれる手引きとなる一冊である。
 (北村毅・大阪大学大学院准教授)
 おおしま・かずのり 1936年香川県生まれ。62年に四国放送に入社、ラジオ制作部在籍中日本民間放送連盟・中四国連盟賞を7度受賞。沖縄で戦死した父を思い、2004年移住し沖縄戦を研究。

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