【テニス】上地結衣、世界女王に敗れての銀はパリ大会金メダルへの序章

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女子シングルス・車いすテニスで銀メダルの上地結衣(C)ロイター

東京パラリンピック女子車いすテニスは3日の深夜、決勝戦が行われ、母国での大金星を狙った上地結衣が、世界女王のディーデ・デフロート(オランダ)を相手に3-6、6−7で振り切られ、惜しくも銀メダルで終えた。

7回目の「金メダル・ポイント」を迎えたデフロートが豪快なフォアハンドでエースを決めた。ようやく掴み取った勝利に歓喜の涙が頬をつたう。その姿を一瞬、目に焼き付けたか……上地はすぐに少しうつむきながらネット際に向かい、泣き崩れそうなデフロートを支えるように抱き合った。

◆【動画】「最後まで攻めた自分を褒めてあげたい」女子シングルス・車いすテニスで銀メダルの上地結衣、試合後のインタビュー

■「自分が思っているようなプレーはできたが……」

この日の為に二人はどれだけのボールを打ち続けてきただろうか。常に成長を求め世界トップを走り続けてきた自負、極度の緊張から擦り切れていく体力の中でも掴み取りたい勝利……この抱擁には互いだからこそ分かる心緒が詰まっていたように思う。しかし、上地にとっては、わずか10秒ほど前に自身の大きな夢を砕かれ、敗戦の悔しさがこみ上げた瞬間だったかもしれない。

東京パラリンピックではリオの時にできなかった思い通りのプレーをしたいし、その結果として金メダルを取りたい。その2つがそろって初めて大きな意味があるんです」。

これが上地の目標だった。強気な眼差しで理想のテニスに向かい走り続け、結果だけでなく内容に対しても完璧さも求めてきた。上地は非常に自分自身に厳しいプレーヤーだ。「まだまだ課題があるので……」、今までに勝利を収めた直後にもよく耳にしたその言葉は、この日に繋がっていた。

決勝での敗戦後,、「自分が思っているようなプレーはできた。でもそれを上回るパワーや戦術でやられたかなと……ただ最後の1ポイントまで自分がやりたいこと、絶対に諦めない気持ちをもって最後までしっかりと攻めることができたことは褒めてあげたいかなと思います」と試合を振り返った。

■デフロートの強烈なショットは男子選手に近い

彼女が敗戦後、あれほどの涙を見せたのを初めて見た気がする。上地は、どんな時も冷静に自身の考えを言葉にしてきた選手だ。それだけに、あの泣き声が耳から離れず、彼女の胸の痛みが感じ取れたように思える。

これで最大のライバルであるデフロートとの対戦歴は15勝23敗。ここ1年の間では1勝9敗と苦戦を強いられてきた。デフロートはフォアバック共に強烈なショットを持ち、クリーンヒットしたときの威力は男子選手に近い。特に決勝ではバックハンドリターンが冴え、上地のサービスキープを阻み続けた。

上地も左利き特有のスライスサーブを使いボディーへの配球を混ぜながらタイミングをずらそうと試みるが、試合後のコメント通りデフロートの読みの良さからパワーショットを左右に散らされ、サーブ後に動くことができないシーンがよく見られた。こういう相手は数本のエースショットから勢いを増し手がつけられなくなる。

■作戦は女王の攻略に向けて完成されていた

そんななか上地はチェアワークのスピードを活かした粘り強さに加え、得意とするスピンとスライスを混ぜた高低差を使い相手を振り回した。そしてアクセントのようにテンポを速めたフォアでの攻撃を展開しエースを奪いガッツポーズを見せた。

ラリーではミドルクロスを使いデフロートをコートの外に追い出し、彼女の強打を封じ込める。時にはセンターの深い場所へ高めのスピンボールを送り、相手を後方へ押し下げながら打ち損じを狙い積極的に攻撃を続けた。リターンゲームでは思い切りのいいリターン力を発揮し、高返球率をキープ。ひたすら走り拾う姿勢も相手にプレッシャーを与え続けたことは間違いないだろう。

時折、アップテンポすぎるように見えた攻撃も、今までに女王に跳ねのけられた幾度の敗戦から見つけた勝機への糸口だった。リスクを追ってでも速い展開で主導権を握りたかったはずだ。

正直、今回の試合では、デフロートに主導権を握られ劣勢に立たされる場面が多かったかもしれない。しかし、相手のパワーショットを綺麗にプレイスメントする技術があることが今後も上地の大きな武器になる。常に向上を目指して来た上地のショットの威力が更に増してくれば、想定した展開の成功率も上がって来るはずだ。

デグルートが放つパワーショットとの攻防戦から逃げず、この技術を駆使し、コントロール精度がピタリと思うように打てれば、自ずと勝機は高まるだろう。それほど今回の上地の作戦は女王の攻略に向けて完成されていた。

■3年後のパリで、その夢を私たちに見せてほしい

リオ・パラリンピックで掴んだ初めての銅メダル。3位決定戦の相手は若きデフロートであった。それから5年後の今、彼女に敗れ銀メダリストとなった上地は自国開催のパラリンピックでシングルスのメダルを獲得した初めての女性となり、1992年バルセロナ大会以来、7大会連続でオランダ勢が独占していた女子テニス決勝の舞台において、オランダ人以外で初めて名を残したプレーヤーとなった。

そして同じチームジャパンとして戦った田中愛美がツイッターで「あの舞台でこんなにも観ていて人を熱くする試合、流石でした」と言うように、沢山の人々が上地の姿に心動かされたのは紛れもない事実だろう。

翌日には大谷桃子と組んだダブルスで銅メダルを手にし、笑顔を取り戻した。男子シングルス決勝では国枝慎吾が快勝し、3度目の金メダルを獲得。最強伝説にまた新たな1ページを刻んだ。国枝が見せた偉業を目の前にし、上地は3年後のパリを見ているだろうか。「思い通りプレーをして金メダル」、またその夢を私たちに見せてほしいと願う。

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久見香奈恵(ひさみ・かなえ)

元プロ・テニス・プレーヤー日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。