【GT300マシンフォーカス】『キャラ変』で熟成極まる。“ラストイヤー”を迎えたBMW M6 GT3

 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2021年の第3回は、ブランクを経て昨季よりBMW Team Studie × CSLとしてスーパーGTに復帰した、おなじみBMWの7号車『Studie PLUS BMW』ことBMW M6 GT3が登場。

 2016年のシリーズ導入時から“アジア初号機”として戦ってきたM6も、この2021年がラストイヤー。来季の新型『M4 GT3』登場を控え、ここまで一貫して同車を預かってきたチーフエンジニアの高根裕一郎氏に、熟成極まったBMW M6 GT3の素性を聞いた。

* * * * * * * *

 2010年から『Z4 GT3』で同カテゴリーに参入したBMWモータースポーツは、2015年のフランクフルト・インターナショナル・モーターショーで『M6 GT3』の投入を発表。搭載されるB44型の4.4リッターV8“Mツインパワー・ターボ”は公称585馬力を発生し、ホイールベースも2901mmと一気にロング化。全長は4975mm(2018年のEVOキット登場以前は4944mm)、車幅は2046mmでベース車重は1290kgと、従来のZ4からは大きくキャラクターが変化し、サーキットで目にする印象どおりセグメント越えの『大型化』を果たした。

 そのサイズ感はGT3規定車両の中でもトップクラスを誇り、同じFRでイメージ的にも大型の部類に入るニッサンGT-R NISMO GT3と比較しても、全長で約150mm、ホイールベースで約80mmも長い。それだけに「ヨーロッパのレースを見ていても、若干オールマイティではない。ニュルとかスパなどのハイスピードコースでは良い成績を出してますけど、トリッキーな小さいサーキットではあまり良いリザルトが出ていない印象はあります」と、高根エンジニアもそのイメージを語る。

 そうしたディメンションにより、ロングホイールベースによるフロア面を活用してダウンフォースを稼ぐ傾向のBMW M6 GT3は、デビュー当時のBoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)も加わり、最高速が必須な富士スピードウェイで55号車 ARTA BMW M6 GT3が年またぎの3連勝を記録するなど、驚異的な強さを発揮してきた。さらにリヤウイング幅もほぼ2mのGT-Rに対し、M6は1800mmに抑えることでドラッグを低減、ストレートの伸びを助ける要素として機能していた。しかし高根エンジニアは、その“直線番長”的なキャラクターは「このクルマが持つ本質ではない」という。

「今で言えばもう古い世代、全体で比べても1世代前のクルマじゃないですか。それで去年からシリーズに復活して今のBoPで走ると、2020〜2021年のBoPと2016〜2017年のBoPで比較しても、やっぱり全然違う。周囲が新世代になり、このクルマの回転数ごとのブーストが(BoPにより)上乗せされると、富士では今も最高速はトップのエリアに居ますが、以前はめっぽう“遅かった”鈴鹿でも1分57秒台が出てQ2に進めるクルマになった」と高根エンジニア。

 その主たる要因は、GT3規定では変えられないギヤレシオとの組み合わせによるもので、6700回転以上では過給圧が下げられ、どのターボ車も軒並み頭打ちという状況から、シフトアップ時のドロップ先でどれだけパワーバンド内を保てるかが重要となっていた。その点、以前のBoPでは落ち着き先の回転域で過給圧が絞られ、逆バンクからダンロップへの上り勾配や、ヘアピンからスプーンカーブへと続く通称“松ちゃん”コーナーなどで大きくロスしていたという。

 そのネガが現在のBoPにより解消されると、本来BMWというブランドの持つ素性の良さが際立ち「ああ、鈴鹿でもやっぱり57秒出るんだ(笑)って」と、その印象を確たるモノにしてくれたという。そんなハンドリングの良さに繋がる要素は、徹底して考え抜かれた車体の構成からも見て取ることができる。

「まずBMWの全体コンセプトとして、これだけ大きいクルマだけど重量物、マスを『コンパクトに、小さくする』ってのが徹底してあります。特徴的なのは、ドライバーズシートもセンタートンネルを切ってまで中央に寄せてあるのですよ。デカいクルマなりに……当然、前後方向には制約があるけれども、左右方向のモノもできるだけ中心に寄せようとしてるのです」

BMW M6 GT3のコックピット。センタートンネルを切ってドライバーズシートを中央に寄せている
左サイドのドアを外してコックピットを望む。
リヤカウルから望むコックピット。中央下部に燃料タンクが見える。

■マスの集中化で“50:50”の前後重量配分に限りなく近づける

 レーシングカーの基本原則ともいうべき論理を突き詰めたBMWモータースポーツは、ロードカーのボディシェルを活用するGT3規定でありながら、前後のサスペンションメンバーを新造してパフォーマンスを優先する方針を選んだ。

 リヤ側では理想的な位置にロアアームのピックアップ位置を持ってくることも狙い、サブフレームを介さずにボディ直付けとして軽量化に貢献するとともに、ジオメトリーの理想値追求とストローク時の精度向上も実現。フロント側もバルクヘッド直前からもともとのサイドメンバーを切り取り、レース専用設計のアルミキャスティングでフランジを製作し、そこにトップアームのポイントを設けている。

「エンジンもベースのロードカーがドライサンプではないですし、ウエットサンプからドライサンプに変更して下げて作ってる。すると当然メンバーもパイプでトラス構造を入れた溶接モノの専用品になってます。前側はどうしてもエンジンがここにある以上、ある程度の制約の中で妥協点だと思いますが、ロアアームなんかもできるだけ長く取れるようにエンジンを支えるサブフレームと一緒にポイントを作り込んであります」と説明する高根エンジニア。

 これにより、P63のコードを持つB44型の4.4リッターV8は驚くほどコンパクトに、低く、後退した位置に搭載され、タービンをバンク角の内側に収める、いわゆる“ホットV”のレイアウトを持つエキゾースト周りは、行き場を失ったことでブロック上部を取り回してサイド出しに。結果、車体の慣性モーメント低減による運動性能向上に寄与している。

「でもこれをやるためには結局それだけのコストが掛かるわけですよ。たとえばアウディだとかメルセデス AMGだとかは、元からキャビンだけで前後はフレーム構造で伸びてるだけ。そういうクルマは、もともと理想的なジオメトリーだし、取り付けがしやすいし、(GT3化に際して)アプローチしやすいクルマなんです」

「でもこのクルマやGT-R、レクサス RC Fなどもそうですけど、完全に量産モノコックを使ってるクルマってすごくいろいろな制約があって、その制約の中で販売価格に対してどれだけ、どうコストを掛けるのか。そこはメーカーの意気込みじゃないですか。普通の企業がその工数と手数を積み上げていったら、たぶんこの値段じゃ出せないと思うのですよね」

 そんな高根エンジニアの言葉どおり、デビュー時の販売価格は37万9000ユーロ(約4920万円)と、当時としても比較的GT3のメインボリュームとなる相場感で登場。その点でも“利益より理想”を追求したかたちだが、こだわりのポイントはそれだけに留まらない。

「2016年に一番最初にクルマが来たときも、このサスペンションアーム類の細さにビックリしました。さすがにこれはスーパーGTだとタイヤグリップに負けて弊害が出る、と思ったら、結局ここまでまったく出ないし問題ないですね。それだけ考えて設計してある」と続ける高根エンジニア。

 さらに「アームの後ろは平板にすることで、クラッシュしたときにこの辺のアームがヒューズになって折れたり曲がったりしてくれる」ことで、前方からの激しい入力があってもアルミのキャスティング類やキャビン方向への衝撃を緩和し、セーフティ性能を確保するとともに大型部品の損傷を防いでランニングコスト削減にも繋げている。

 また、フランジから前方のクラッシャブルストラクチャーと熱交換器類、バンパーやヘッドライト部のユニット一式をアッセンブリーとすることで、長時間の耐久レースなどでは破損時にモジュールで交換。かつてのLMP1のような方式も採るなど、あらゆるノウハウが詰め込まれている。

 こうしてマスの集中化を実現したM6 GT3は、ボディシェルの軽量化を経てなお、市販モデルのBMWが信条とする“50:50”の前後重量配分に限りなく近づく「52:48ぐらい」の前後バランスとされている。

B44型の4.4リッターV8“Mツインパワー・ターボ”は公称585馬力を発生する。
オーリンズ製フロントダンパー。車重は1.3トンあるもアーム自体は細い
BMW M6 GT3のオーリンズ製フロントダンパー。
2021スーパーGT第3戦鈴鹿 Studie PLUS BMW(荒聖治/山口智英)

■ヨコハマタイヤの新スペックで“苦手を克服”

 その車体構成から「前後で言うと、どうしてもフロントの剛性感が弱い」特性を受け、前は選択可能な範囲で最も硬い側から2種類程度のスプリングを選択。スタビライザーもほぼハード方向で固まり全体のロール剛性を確保しつつ、ライドハイトをミニマムとしてレイク角をつけ、富士以外のコースではBMWモータースポーツの推奨値でいう“ハイダウンフォース仕様”での運用となる。

 その一方で、リヤは「ホモロゲーションしたときの狙いと、実際にレースで使い出したら狙ってたところのレンジと(設定していたスプリングの番手が)ズレていたのでしょうね」とのことで、タイヤドロップの大きさをカバーするべく選択可能範囲のうちで最も柔らかいレートのバネを使用する。ただし、これで万全の強さを発揮……とはならないのが悩みの種だ。

「このクルマの特徴というか。前後で同じタイヤサイズ、330/710の4輪履きなので、これがクセモノなのですよ……」と、そのお悩みポイントを解説する高根エンジニア。

「キャパがあるから良いと思われますが、逆に太くなると使い切れないというか、応答性が悪い。なので曲がりにくい傾向になるのです。さらに寒い時期はやっぱり暖まりが遅くて、大きい分だけちゃんとダウンフォースがあって、接地荷重が作れてサイズ分の入力がないと。その辺はGT3だとやっぱり限界はあるし、それで4輪履きだとあまり効率が良くないですね」

 同じく4輪同サイズを履くGT-Rに対しては「多分、ホイールベースが100mm近く違うので、その辺もあるのかな、という気はしてます」という高根エンジニアだが、従来は曲がらない分だけ旋回性を求めていくと、リヤのスタビリティやトラクションが失われてしまう。逆にトラクション方向へ持っていくと、コーナーミッドでのアンダーが増えて「待たなきゃ曲がれない」。

 そのシーソーゲームだったセットアップが、第4戦ツインリンクもてぎで投入されたヨコハマタイヤの新スペックで改善。シフターの熱害が出るまで、前半スティントでは荒聖治が毎ラップのようにポジションを上げるオーバーテイクショーを演じた。

「フロントタイヤは課題も課題で、2016年からずっと課題でした。でも、それがこの間はタイヤが進歩してくれたお陰でどっちも両立できた。実際は太かろう、良かろう、じゃないのです(笑)。もてぎなどではどうしてもトラクション寄りにせざるを得ないところで、ミッドのアンダーが増えてしまうという点が解消されなかったのが、フロントタイヤ自体がちょっと進歩してくれたお陰で、それがトータルで上手く回るようになってくれました」

 続く第3戦の鈴鹿でも、荒が予選Q1B組で3番手を記録しQ2に進出。決勝前にはミスも出たが、一時はレースでも3番手に進出する“苦手克服ぶり”を披露した。続く第5戦SUGO、第6戦オートポリスは「現行のBoPでは初走行」となるだけに、長らく戦い続けてきたM6 GT3ラストイヤーの“大団円”としたいところだ。

BMW M6 GT3のステアリング
BMW M6 GT3のディスプレイ。各種情報がここに集約される。
BMW M6 GT3のリヤ・ディフューザー
2021スーパーGT第3戦鈴鹿 Studie PLUS BMW(荒聖治/山口智英)
2016年の登場からここまで一貫して同車を預かってきた高根裕一郎エンジニア(BMW Team Studie × CSL)

© 株式会社三栄