マラソン・堀越信司選手 “恩返し”の走りで銅メダル 9月5日が「つらい日」から「特別な日」に

©株式会社長野放送

5日夜、幕を閉じた東京パラリンピック。日中に行われた男子マラソンでは、長野市出身の堀越信司選手が銅メダルを獲得しました。家族にとっても「特別な一日」となりました。

5日の男子マラソンの視覚障害に出場した長野市出身の堀越信司選手。序盤から先頭集団についていきます。30キロ地点で3位と50秒差の6位。

しかし、ここからペースアップして3人を抜き、最後は笑顔と力強いガッツポーズを見せながら3位でゴールしました。

自身4回目の出場で初のメダル獲得です。

初の銅メダル・堀越信司選手(長野市出身):

「本当にたくさんの方に支えていただいた結果、今回取れたメダルだと思っていて、恩返しできたかなって思いながらラスト走り抜きました」

念願のメダルを獲得した9月5日。実はこの日は、堀越選手や家族にとって「特別な日」でした。

堀越選手は網膜に悪性の腫瘍ができる病気で、生後1カ月半ほどで右目を摘出しました。その手術を受けたのが33年前の9月5日でした。

父・喜晴さん:

「(9月5日は)息子が目の手術を受けた日なんですよ。その日に試合があるってことを聞いて本当に不思議なものを感じました」

こう話すのは父親・喜晴さん。全盲の喜晴さんは、小さいころ障がいに悩んでいた息子にこう声をかけました。

父・喜晴さん:

「『この病気は目を温存したら命が取られる病気なんだ。(お父さんは)ずっと君といたいし、君にはお父さんが見えないものをたくさん見てほしい』と話していた」

父親の願い通り、障がいに向き合いながら育った堀越選手。母親の倫世さんと信州の山々にも登りました。

そして、中学校から陸上を始め、目標だったパラリンピックのメダルにたどり着きました。

家族にとって9月5日は「つらい日」でしたが、今回もメダル獲得で「うれしい特別な日」に変わりました。

父・喜晴さん:

「9月5日って日は私にとって特別な日。(会ったときに)『お前のことは誇りに思っている』と伝えたい。メダルが取れなくても、負けても、転んでも誇らしいです」

次の目標は3年後のパリ大会、家族も応援を続けます。

初の銅メダル・堀越信司選手(長野市出身):

「次のパリまであと3年しかないので、しっかり3年間頑張って、もう一度いい結果を残せたらいいと思う」