認知症で親族が預金を引き出せなくなる問題。新指針でルールが緩和されるかも?

認知症になると、当事者の親族であっても預金が引き出せなくなってしまうことが問題となっています。このルールが、2020年に出された新指針によって緩和される可能性が出てきました。現状の制度と実際のポイントを解説します。


超高齢社会となった日本。100歳以上の高齢者が8万人を超えているといいます。しかし、100歳まで心も体もお元気な方ばかりかというとそうではありません。

「平均寿命」と「健康寿命」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。平均寿命とは、生まれてから亡くなるまでの期間の平均のことです。寝たきりや認知症など介護が必要な期間も全て含めた期間です。一方、健康寿命とは、日常生活に支障なく健康的に過ごせる期間のことです。つまり、この平均寿命と健康寿命の差は、誰かの手を借りなければ生活していけない期間になるのです。内閣府の令和2年度高齢社会白書(2016年時点データ)によると男性で約8年、女性では約12年も平均寿命と健康寿命の差があることがわかります。

銀行の窓口係が不審に思ったのをきっかけに認知症が発覚

人の手を借りる要介護状態になる主な要因のトップは「認知症」です。

日本における65歳以上の認知症の人の数は2025年には約700万人(高齢者の5人に1人)になると予測されています。認知症も他人事ではなくなり、自分の家族にいつ起こってもおかしくない世の中になってきました。

これは、元銀行の窓口係の佐藤さん(仮名)が体験した話です。

梅川さちさん(仮名、83歳)は、10万円の引き出しのため銀行に来店しました。「こんにちは」「引き出しお願いね」「お待たせしました」「ありがとう」。このやりとりは日常どこでも聞く挨拶ですから、不自然なことはありません。

佐藤さんが違和感を感じたのは、あまり来店しなかった梅川さんが2〜3日に1回、10万円を引き出しに来るようになったことでした。引き出しは計5回に及びました。

「梅川さんが2~3日で10万円を使い切ってしまうことがあるのだろうか?」。不思議に思った佐藤さんは、梅川さんに聞いてみました。「梅川さん、最近よく引き出しに来られますね」。すると、「私、この銀行に来るのは3カ月ぶりで、そんなに来てないわよ」と、梅川さん。佐藤さんはハッと驚いて上席に相談し、梅川さんのご家族に連絡し、状況を聞きました。

ご家族の話によると、診断はまだされていないけれど、認知症かもしれないと思い始めていたところだったということでした。3カ月に1回の生活費の引き出しをしたのを忘れて、思いたっては銀行に行っていたということだったのです。

認知症は徐々に進行していきます。そのため、家族でも認知症がかなり進行してからでないと認識できないことが多いようです。窓口の佐藤さんも認知症を疑うことはありませんでした。その後、梅川さんが来店したときは、預金の取引はせず、ご家族に連絡を取って迎えに来てもらうようになったということでした。

判断能力が低下したら口座はどうなる?

銀行預金は預金者本人の資産であり、預金を下ろすには本人の意思確認が必要です。したがって、親族といえども勝手に引き出すことはできません。では、もし認知症などで本人の判断能力が低下し、意思確認ができなくなった場合はどうなるのでしょうか。

銀行がその事実を知れば、預金者本人の預金取引に制限をかける場合があります。それ以後の預金の引き出しや定期預金の解約、銀行振り込みなどの手続きは、親族であっても基本的にはできなくなります。銀行は、トラブルを避けるために「成年後見制度」の利用を求めてきます。実際に成年後見制度の利用動機としては、毎年「預貯金等の管理・解約」が1位となっています。

進んでいない成年後見制度の利用

しかし、判断能力が低下した預金者に成年後見人等が付くと、それ以降の預金の管理を成年後見人等が、その預金者が亡くなるまで続けることになります。加えて、成年後見人等に専門家が選任された場合には、その専門家への報酬もかかることから、この利用について親族の理解が得られないケースが多いようです。実際、判断能力が不十分の人が全国で1,000万人いると言われるなかで、令和2年12月末現在における成年後見制度の利用者数はおよそ23万人にとどまっています。実に判断能力が不十分な人の2%程度しかその利用が進んでいないことになります。

一方で、本人の医療費、施設入居費、生活費などの支払いに充てるため、親族から預金の払い出しを求められるケースも多いようです。将来的に認知症患者の金融資産は200兆円を超えるといわれており、これを放置するわけにもいきません。判断能力が低下した預金者の預金の取り扱いについて、銀行はその対応を迫られていました。

新たな指針で対応が変わる?

そこで、2020年(令和3年)2月に全国銀行協会から判断能力が低下した預金者への対応指針が発表されました。そこには、成年後見制度を利用していない場合でも、親族が本人に代わって預金を引き出すことができるケースが例示されていました。具体的には、判断能力がなくなる前であれば本人が支払っていたであろう本人の医療費などの支払いなどで、本人の利益になることが明らかである場合に限り払い出しに応じるとされていました。

成年後見人が必要なのは高齢者だけではない

このような後見制度を利用することになるのは、認知症だけではありません。知的障害、精神障害などの理由で判断能力が不十分な方々にも必要な制度になります。

ただ、この指針が発表されたことで、認知症を発症した場合とともに、障がいのある子の預金についてもこのような対応がされるようになるかもしれません。障がいがある子の親が、「親なきあと」のために障害年金を一切使わずに貯蓄しているケースがよくありますが、実際にはその子が自分のためにそのお金を使えるかどうかわかりません。しかし、親がお金を引き出そうとしても、本人の意思確認が必要になる場合があります。今回の指針が発表されたことにより、そのような場合でも親族が本人に代わって預金を引き出すことができるようになるかもしれません。

実際の運用については未知数

しかし、今回の発表で示されたのはあくまで「指針」であり、各銀行に対して強制力を持つものではありません。銀行としては、リスク管理の点から今後も成年後見制度の利用を前提とせざるを得ないでしょう。

また、今回の指針で示された対応を取り入れるとしても、本人の判断能力が低下していることを証明する診断書や、明らかに本人の利益になる支出であることを証明する資料の提出など、その適用には厳格な要件が求められることになると思われます。今回発表された指針の内容は家族にとって歓迎すべきものですが、まだ実際の運用については未知数です。

このような動きがあることを認識しつつ、今後の経過を見守る必要がありそうです。判断能力が低下することによりご自身で預金取引ができなくなる可能性があることも考え、現実的な対応として解約などが難しい定期預金などにはせず、普通預金としておくこともひとつの方法です。

行政書士:藤井利江子

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