アーチェリー男子個人・団体「銅」古川高晴2レジェンドを狂わせた大会直前の1カ月間【メダリストが明かす東京五輪舞台裏】

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頭の中はパニック状態(C)共同通信社

【メダリストが明かす東京五輪舞台裏】#10

古川高晴(2)
(37歳、アーチェリー男子個人・団体、銅メダル/近大職員)

◇ ◇ ◇

「これまでに経験したことがない、最悪の滑り出しでした」

2004年のアテネ五輪から5大会連続出場となった古川は、トーナメントの組み合わせを決める初日の「ランキングラウンド」で、まさかの46位。試合中はパニック状態に陥っていた。

普段なら矢を放った瞬間、感覚的に点数が分かるのだが、この日はその感覚が失われていたからだ。

原因は大会前の1カ月間にあった。

「6月7~12日の間、アジアカップで韓国に遠征しました。そこで得たものもありましたが……、その後に大誤算が起きたのです。帰国してからホテルとナショナルトレーニングセンター(NTC)のみの往復で、2週間の隔離生活。出国前は『NTCで十分な練習ができる』と聞いていたけど、フタを開けたらまったく違いました」

NTCのアーチェリー場は五輪とパラリンピックの日本代表、エリートアカデミーの選手ら3グループによって使われていた。大会を目前に控える五輪の日本代表勢はそこを融通してもらい、朝から晩まで矢を射るつもりだったのだが、「たとえば、午前中だけしか利用できなかったり、練習時間が極めて制限されていた」という。

「僕の競技への自信は練習量から来ていますから、隔離された2週間で焦りは募る一方。『もっとたくさん練習をしなきゃ』と、できるだけ多くの矢を射ろうとした。これが間違いでした。普段よりも一本一本を放つ間隔が短くなるから、当然、雑になってしまう。その結果、気付かないうちにフォームが崩れていたんです」

隔離期間が終わると間髪を置かず、そのままNTCで7月1日まで日本代表合宿が行われた。

これを終えて所属先の近畿大学に戻り1週間ほど練習すると11日、直前合宿のためNTCにトンボ返りした。

■初めて経験した絶望の夜

「僕は普段、近大の山田秀明監督とキム・チョンテ・コーチから指導を受けています。しかし、近大を離れていた約1カ月間、直接アドバイスを受けることができなかった。微妙なフォームの崩れを修正できないままNTCから選手村に入り、本番を迎えてしまったのです」

さらに緊張も重なったことで、ドツボにハマったというのだ。

思わぬ結果に放心しながら選手村に戻り、自室にこもった。

「全然ダメだったわ」と妻に電話をかけ、励ましの言葉が返ってきても、暗澹とした気持ちは払拭されなかった。

「あの夜はまったく寝付けませんでした。夜中に少しだけ眠れても、明け方に目が覚めてそれっきり……。やり直せるならやり直したい。もう五輪が始まってしまったという絶望感、悔しさがあった。こんな思いで眠れなかったのは初めての経験でした」

ドン底から引き戻してくれたのは、翌朝、電話をかけた妻からの一言だった。(つづく)