DeNA宮國はなぜ復活できたのか? 指揮官が語った1518日ぶり白星の要因

DeNA・三浦大輔監督【写真:荒川祐史】

古巣・巨人を相手に5回2失点で2017年7月12日以来の勝利投手に

■DeNA 8ー2 巨人(7日・横浜)

DeNAの宮國椋丞投手が7日、本拠地・横浜スタジアムで古巣の巨人を相手に先発し、1518日ぶりに勝利投手となった。5回7安打1四球2失点で、巨人時代の2017年7月12日・ヤクルト戦以来の白星。昨季限りで10年間在籍した巨人を戦力外となり、昨年12月に合同トライアウトを受けたものの、NPB球団からオファーがなかった。今年3月にようやく育成選手としてDeNAと契約した29歳の右腕が、劇的な復活を遂げることができたのはなぜだったのか。

初回こそ緊張もあって2点を失った宮國だが、尻上がりに調子を上げた。4回無死一、二塁のピンチでは、亀井を外角のボールゾーンからスライダーを入れてくる“バックドア”で見送り三振。続くウィーラーを内角低めのシュートで遊ゴロ併殺に仕留め、追加点を許さなかった。

「巨人時代は角度のあるストレートとフォークのイメージが強かったけれど、DeNAに来てからは内・外角両サイドの揺さぶりが優れている」。三浦大輔監督は宮國の現状をそう評した。

三浦大輔監督が語った宮國復活の支えとなったのは…

沖縄・糸満高から2010年ドラフト2位で巨人入りした宮國は、2年目の2012年に巨人では29年ぶりとなる10代での初登板初先発勝利を挙げるなど、6勝(2敗)をマーク。翌2013年には20歳で開幕投手に抜擢され、将来のエースと期待されたが、その後は右肩痛で伸び悩んだ。昨季も21試合に投げて0勝0敗、防御率5.33。不振に右肩痛が重なり、自由契約となった。

2月の春季キャンプの時期になっても所属球団が決まらず、孤独な調整を続け、3月にDeNAの入団テストを受けて背番号「106」の育成選手として契約。当初は2軍戦でも打たれる日が続いたが、「6、7月にいい感じになってきた。自分で思っていたより速いスピードで状態が上がってきました」。8月28日のイースタン・リーグ巨人戦に先発して6回6安打無失点の好投を演じ、同30日に支配下登録と背番号65を勝ち取ったのだった。

2軍で登板を重ねながら、三浦監督が前述したようなモデルチェンジを進めていた。指揮官は「コーチのアドバイスもあっただろうが、R&D(Research & Development)グループ(IT機器を駆使して分析、アドバイスなどを行う部署)の下で動作解析に取り組んでもらったこともあった」と明かし「宮國本人も以前の姿を求めるより、今の状態でどうやって打者を抑えるかを工夫したことが、この結果につながった」と振り返った。

チームメートたちも後押しした宮國の移籍後初登板

崖っぷちから這い上がろうとする宮國の姿には、周りの選手たちも身につまされるところがあったのだろう。3回に宮崎敏郎内野手の適時打で1点を返し、5回には一挙7得点の猛攻で援護した。この回に宮國の代打として打席に立ち、2号3ランを放った楠本泰史外野手は「試合前に、宮國さんが初登板だから絶対に勝ちをプレゼントしようというミーティングがあり、チーム全員にそういう思いがあった」と明かした。

もっとも宮國自身は、相手の先発投手で巨人時代に特に世話になった菅野には2安打を献上。「試合中だったので挨拶はできませんでしたが、菅野さんの最初の打席では会釈をさせていただきました」と明かした。崖っぷちの戦いの最中にも、沖縄出身者らしいというか、お人好しで穏やかな性格が顔をのぞかせた。

万感の思いで再スタートを切ったが、本当の勝負はこれから。巨人時代にかけられた「将来のエース」の期待をDeNAでかなえる可能性も、宮國の手の中にある。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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