日本の“小さな”マリトッツォとイタリアの“肉”寿司

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イタリア在住のイラストレーター・マンガ家のワダシノブさんが、
イタリアの暮らし・文化・人などの情報をお届け!
今回は、日本とイタリアの食文化の違いについて。


(イラスト:ワダシノブ)

この記事が更新される頃には、流行は終わりかけているのかもしれないけど、日本でイタリアの「マリトッツォ(Maritozzo)」が人気らしい。SNSでいろんなアレンジがされたマリトッツォの画像を見かける。

知らない人のために説明すると、マリトッツォはローマ(厳密にはローマがあるラツィオ州)の定番朝ごはん。
たいていはパンの中に、生クリームがぎゅうぎゅうに詰まっているものだ。真上から見ると、生クリームしか見えないくらいまでみっちりと詰められている。

ローマの定番朝ごはんなので、私が住むトリノではあまり見かけないというか、一軒のお店でしか見たことがない。広島以外で紅葉まんじゅうを見かけることが少ないように、ローマ以外でマリトッツォを見かけることはあまりない。ローマ出身のパン屋さんならあるかな、というくらいだ。

以前私が食べた感想は、「朝からこれ食べるローマの人たちってすごいな」というもの。この原稿を書くにあたってもう一度食べてみたけれど、全く同じ感想だった。甘くて重い。食べても食べても、生クリームがなくならないのだ。
一方、写真で見る日本のマリトッツォは、手のひらにちょこんとのる可愛いサイズ。生クリームもイタリアのものより少ない。そしてパンと生クリームという概念をもとに、どんどんアレンジが進んでいる。小豆入りなんて、私からするとうらやましくて泣きそうだ。

だいたいにおいて、日本で売られているイタリアのお菓子は、イタリアよりも小さい可愛いサイズで、甘さもかなり控えめになっている。それは、当然のことながら日本人の好みに合わせて変えられているから。
日本で育った私にはイタリアで売っているお菓子よりも、日本でアレンジされたもののほうがちょうどよく感じることも多い。イタリアから日本に来たばかりのイタリア人だったらきっと、「ちっちゃ! 甘くない!」と言うだろうけど。

同じ名前の食べ物でも、土地によって違うものになることがある。気温や湿度、その土地の文化によって好まれる味が違う。
マリトッツォがパンに生クリームを挟んだ朝ごはんから、生クリームにさらに何かを加えるドルチェに変わっていったように、寿司だって酢飯の上に何を乗せるか、どう乗せるかは土地によって変わっていく。

ここ数年、イタリアでは生肉を乗せる寿司が流行っている。生魚にはやっぱり抵抗のある人も多いため(特に年配の人)、そうした人たちの間で、お肉屋さんの作る「Sushi di carne(肉の寿司)」が人気なのだ。
さらに、日本食レストランでジェラートにフルーツを乗せた「ドルチェ寿司」なんてものもを出すところもある。
そういう、「もとの料理とは少し違うものになっている料理」について怒る人がいるけれど、私はそうやってどんどん変わっていくのが面白いな、とつい思ってしまう。

「出汁をとらないことが許せない日本人」や、「午後のカプチーノが許せないイタリア人」が言いたいことはわかるし、それはそれで尊重するけれど。
でも、単に気候や文化が違えば求められるものが違うだけだ。意外な組み合わせはときどきはずれのこともあるけれど、だいたいが楽しい。肉の寿司もすごく美味しい。

それでも一つだけ。イタリア人に大人気のラーメン屋で、ラーメンスープの温度がぬるいのだけはどうしても苦手だ。
熱々を食べ慣れていないイタリアの人たちには、ぬるいくらいが美味しいということは、よーくよーくわかっているのだけれど。ラーメンだけは、やっぱりイタリア向けのアレンジなしで熱々のものが食べたい。

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