無理読みネームの行方

 前もこの欄に引いたが、森鷗外はわが子に西洋風の名前を付けた。長男は於菟(おと)、長女は茉莉(まり)、次男は不律(ふりつ)…。順にオットー、マリー、フリッツと読める▲今で言うキラキラネームの走りかと思ったら、そうではないらしい。文筆家、伊東ひとみさんの「キラキラネームの大研究」(新潮新書)によると、江戸時代の国学者、本居宣長は「最近は読みづらい名前を多く見かける」と随筆に記した▲光多は「みつな」、美臣は「よしを」と、門下生の読みづらい名に読み仮名を添えたという。伊東さんは、漢字をあれこれと音読み、訓読みする日本語は古くから〈無理読みという宿命を背負っている〉とみる▲その「宿命」は、いかに。戸籍に「読み仮名」を記すための検討がじきに始まる。自治体に出す出生届には「よみかた」の欄があるが、法に基づく戸籍にはない。社会のデジタル化を進めるため、戸籍にも「読み」を振って個人データを検索しやすくするという▲漢字とは異なる読み方をどこまで認めるか、これから議論される。無理読みネームは曲がり角にあるのかもしれない▲伊東さんの本には戦前の難読ネームも紹介されていて、その一つに「紅玉子(るびこ)」というのがある。ルビーのように輝いて。遠い昔の無理読みの名から、願いが聞こえるようでもある。(徹)


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