2021年5月、倉敷市児島地区の海のすぐ近くに、小さな本屋がオープンしました。
名前は、「aru(アル)」。
窓からは瀬戸内海が見え、穏やかな時間が流れています。
読書は、とても魅力的。
知識を広げてくれたり、想像力を培えたり、新しい価値観に出会えたり。
偶然目にした本から、思いがけない発見があるかもしれません。
「本との偶然の出会いって素敵だなあ」と感じられる本屋、aruを紹介します。
aruはどんな本屋?
aruは、エッセイ・小説・詩集・写真集など、店主のあかしゆかさんが「穏やかな場所で読んでほしい」と選んだ古本と新刊を扱う小さな本屋です。
2021年8月の取材時には、古本が6割・新刊が4割ほどでした。
不定期営業で、開店しているのは月に6日ほど。
営業日は公式Instagramで確認してください。
徒歩数分で海に着くほど海に近く、お店の前の景色は最高。
店内の窓からも、瀬戸内海を眺められるんです!
景勝地「王子が岳」のふもとでもあり、山の豊かさも感じられるロケーションに立っています。
窓の外に子ギツネがいたこともあるのだとか。
春には庭に桜が咲きます。
8月の取材日には、野生のキキョウを見つけました。
店内には椅子があり、座ってゆっくり本を読みながら選べます。
靴を脱いで入店するので、床に座っても問題ありません。
海と山を感じる場所で、のどかな時間を過ごせます。
店主のあかしゆかさんは、二拠点生活をおくるライター&編集者
店主のあかしゆかさんは、ライター&編集者です。
京都出身で、大学生のときにアルバイトした本屋との出会いがきっかけで、本を好きになったそう。
就職と同時に東京へ。
5年間、大手IT企業でブランディングにまつわる企画編集を担当しました。
2020年4月に独立し、現在はフリーランスのライター/編集者として文章にかかわる活動をしています。
2020年の夏に、東京と岡山で二拠点生活を開始。
2021年5月に「aru」をオープンし、月に10日間ほどを岡山で暮らしています。
筆者にとっては、あかしさんは数年前から憧れのライターです。
古民家をリノベーションした小さなお店
aruで扱っている本の数は、それほど多くありません。
余白の多い空間で、情報に追われて固くなりがちな頭をほぐしてくれるように感じました。
並んだ本の表紙や背表紙を、全部眺めることもできます。
すると、ふだんは気に留めないような本が目を引くことも。
「本との偶然の出会い」を楽しみやすい本屋なのです。
建物は、古民家をリノベーションしています。
基本的には地元の工務店が工事していますが、床材である木の塗装や、カウンターのモルタル塗りなどは、あかしさんと友人たちが作業したそうです。
中央のテーブルは桜の一枚板。
お店の入口にある桜の木に合わせたそうで、木のぬくもりと力強さを感じました。
さりげないあしらいも素敵で、このユーモラスなお面は元の住民のかたが残していったものなのだとか。
「本当は工事が終われば外そうと思っていたのですが、なんだか親近感が湧いちゃって、今もずっと残しています(笑)」とあかしさん。
どんな本がある?
aruにはどのような本があるのでしょうか。
具体的にいくつか本を紹介しましょう。
『日常』
一般社団法人 日本まちやど協会の発行する年間誌です。
日本のいろいろな町の入口となっている人たちや宿を取材し、地域の日常を再発見するヒントを探ることをコンセプトにしています。
旅好きな人や地方に関心がある人は、この雑誌のコンセプトに惹かれて手に取ることが多いそう。
ひとつひとつ異なるという表紙の装画も素敵です。
『本を贈る』
本は、いろいろな人たちが協力して作られています。
著者・編集・校正・装丁・印刷・製本・営業・取次・書店員・本屋。
『本を贈る』は、書き手から売り手まで、本に携わる10職種の人たちによるエッセイ集です。
布のような手触りで、繊細なイラストと箔押しのタイトルが目を引く表紙。
あかしさんは、次のように紹介してくれました。
「『本を贈る』の表紙は、版ごとに色が違うんです。今お店にあるのは、2版の緑色と3版のオレンジ色の二種類。三輪舎さんの本は、内容も装丁も美しいものが多くて大好きです」
カラーブックスシリーズ
新刊のみを扱う本屋ではなかなか見かけない本にも、出会えます。
保育社のカラーブックスシリーズは、1962年から1999年の間に出版された全909冊の文庫本です。
園芸・ワイン・寺・陶芸などの多様な切り口のガイドブックで、当時は珍しかったカラー写真を多用していました。
「手に取れる小さな百科事典のようで、カラーブックスを見かけると、ついつい買ってしまいます。わたしの家にもたくさんあるんです」
と語るあかしさんは、楽しそう。
そのほか、くすりと笑える写真集や、スヌーピーの本、名作と名高い海外小説など、いろいろな本がありました。
aruはどうやって生まれたのでしょうか。あかしゆかさんに話を聞きました。
あかしゆかさん、インタビュー
──なぜこの場所で本屋をはじめたのですか?
あかし──
もともと「DENIM HOSTEL float」を運営するデニム兄弟と仲が良くて、彼らがホテルを作った当初から何回か遊びに来ていました。
去年の夏、floatに2週間の長期滞在をしたのですが、その時にこの街があらためて好きになって。
するとデニム兄弟の島田さんから「floatのすぐそばに空き物件があるから、なにかやろうよ」と誘われて、物件を紹介してもらったのがきっかけです。
玄関に大きい桜の木があって、春は本当にきれいだろうなあと思い。
海が見えるこの穏やかな場所で、本屋をやってみたいなあと思いました。
──店名「aru」の由来を教えてください。
あかし──
このお店の存在意義は、訪れてくれるかたがたが見出してくれるといいなという思いから、「ただそこに”ある”」状態を目指そうと思ってつけました。
──aruで扱っている本は、どのような基準で選んでいますか?
あかし──
基本的に、「瀬戸内海の穏やかな場所で読んでほしい」と思う本を選んでいます。
瀬戸内海って、羽を休めに来られたりとか、穏やかな気持ちになりたいかたが多いなと思っていて。
わたし自身も、瀬戸内海に来るときはいつもそう。
なので、ビジネス書や自己啓発本よりは、写真集・詩集・エッセイ・小説など、ちょっと心が緩むような本を置きたいと思い、選んでいます。
新刊は、2021年8月現在はわたしの知人が作っている本に限定しています。
目に見えるかたが作っている、本当に「いい」とおすすめできる本を置きたいなって。
開店から4か月経って、お客さんとともに店がちょっとずつ変わっている感覚はあります。
仕入れの時に、常連のお客さんの顔が浮かぶんです。
「あの人、食のエッセイが好きだったな。じゃあ、食のエッセイを多めに仕入れてみよう」といったように。
自分のこだわりを残しつつ、来てくださるかたがたによってお店が変わっていくのは楽しいなと思いますね。
小さいお店なのでお客さんと話す機会は多くて、話の流れで本を選ぶこともあります。
──好きな作家さんはいますか?
あかし──
わたしにとって本は世界を広げてくれるものなので、老若男女いろんなかたがたの本を読みます。
特に中島らもさん、須賀敦子さん、江國香織さんなどの文章が大好きです。
──あかしさんにとって、本はどのような存在ですか?
あかし──
割と厳しい家庭で育ち、世の中のレールに沿って生きてきた自分にとって、「もっと自由に生きていいんだな」と世の中の広さを教えてくれたものが本でした。
今は、どちらかといえば対話相手のような存在かもしれません。
自分がわからないことについて考えるときに、救いを求めることが多いです。
──二拠点生活をしていて、いいなと感じるところはどこですか?
あかし──
倉敷市児島と東京の生活が、本当に真逆なんです。
東京は、人も多くて車がたくさん走っていて、ビルも高くて、空が狭くて。
わたしは一人暮らしをしていて、取材や編集の仕事をしているので人に会いに行く側なんです。
児島での生活は、空が広くて人が少なくて、共同生活をしていて、お店では人を待つ側です。
真逆だけれど、どちらも日常であり、非日常で。
いろいろな生活のしかたがあるし、「しばられなくっていいんだな」と感じますね。
本と向き合う時間は豊か
筆者は幼いころから本が好きで、学校の図書室によく通う子どもでした。
絵本に描かれる夢のような料理にワクワクしたり、北海道で鶴を保護する男性の手記に心を打たれたり、まだ経験していない別離を想像して泣いたり。
一度の人生において自身で経験できることはわずかだけれど、その何倍ものことを、本から教わりました。
しかし近年は「効率よく情報を集める」ための読書が多くなっていて、ゆっくり言葉を味わうような読書ができていません。
もどかしく感じていたときにaruを初めて訪れ、心惹かれて手に取ったのは、1998年発行のスタイリストによる暮らしのエッセイでした。
自ら「探そう」と思っていても、出会わなかった本でしょう。
でも、「そんなふうに暮らせたら素敵だなあ」と思う言葉が随所にありました。
購入後デスクのそばに置き、ときどきペラっとめくって心をときめかせています。
新しい世界を教えてくれたり、しっくりする言葉を得られたり、大切にしたいことを再確認できたり。
本はとても素敵なものだと、筆者は思っています。
aruで、心をほぐす本に出会えるかもしれません。
海を見ながら、ゆっくり本の世界に浸ってみてください。