ダン・スティーヴンス主演『ブライズ・スピリット ~夫をシェアしたくはありません!』は“妻の幽霊”との三角関係ドタバタ喜劇

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

名作戯曲が80年ぶりに復活!

『ブライズ・スピリット ~夫をシェアしたくはありません!』はイギリスの劇作家・作家・俳優だった才人ノエル・カワードが1941年に発表した戯曲「陽気な幽霊」の映画化。原題の“Blithe Spirit”とは、直訳すれば“陽気な性質”だが、“スピリット”を“霊魂”の意味にとって、喜劇に仕立てたのがカワードだ。初演の舞台は41年にウェストエンドで幕を開け、1997回というロングラン記録を打ち立て、以後、世界中で今も上演され続けている。

主人公は作家のチャールズ・コンドマイン(ダン・スティーヴンス)。妻のルース(アイラ・フィッシャー)に尻を叩かれつつ、自作の探偵小説の脚本を書いているが、うまくいかない。アイデアに詰まった彼は、脚本のネタにしようと、偽の霊媒師アルカティ(ジュディ・デンチ)を自宅に招いて降霊会を開く。降霊会自体は失敗に終わるものの、なぜかコンドマインだけに、亡くなった前妻エルヴィラ(レスリー・マン)が見えるようになる。幽霊の妻エルヴィラは現在の妻ルースに嫉妬し、コンドマインとの仲を裂こうと画策。2人の妻に挟まれ、困ったコンドマインは、責任者であるアルカティに救いを求めるが……。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

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実は2度目の映画化! 随所に光る現代風スケールアップ

実は、『ブライズ・スピリット』は2度目の映画化。最初はノエル・カワード自身のプロデュースで、1945年にデヴィッド・リーン監督、レックス・ハリソン主演で映画化され、日本では『陽気な幽霊』の題名で公開された。戯曲の初演から80年を経た今回のリメイクには、各所に映画らしい味付けが施され、スケールアップされている。

一番大きい改変は、妻のルースが撮影所長の娘で、コンドマインは自作を映画化するための脚本を書いているという設定。コンドマインたちが撮影所を訪れると、渡米前のヒッチコックが映画を撮影している(おそらく『バルカン超特急』[1938年]だろう)という映画ファン向けの楽屋落ちエピソードがあるし、霊媒師アルカティの設定も大幅に変わっていて、ラストの落ちも映画のオリジナルである。映画の“ルック”も変わった。デヴィッド・リーン版ではロンドン郊外にある田舎家風だったコンドマインの屋敷は、見た目も美しいアールデコ調の真っ白な邸宅に変わり、庭でガーデニングコンテストが行われていたりする。コンテストの審査員が黒人なのも、いかにも今風である。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

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監督のエドワード・ホールは1966年生まれ。ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの創設者で、英国国立劇場の監督を務めたイギリス映画界の重鎮ピーター・ホールを父に持つサラブレッド。英国発の大ヒットTVシリーズ『ダウントン・アビー』(2010年~)の監督の他、アガサ・クリスティー原作のTVシリーズなどを手がけている。彼の異母妹で女優のレベッカ・ホールとダン・スティーヴンスはケンブリッジ大学の同窓で、舞台で共演しているし、父ピーター・ホール演出のシェークスピア「から騒ぎ」や、ノエル・カワードの「枯草熱」の舞台に立っている。イギリス演劇界は才能の集まりなだけに意外に狭いのだ。ちなみに『ダウントン・アビー』第4シリーズの7話と8話を監督したエドワード・ホールと、第3シリーズで死んでしまうダン・スティーヴンスは現場では会っていない。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

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さて、一番の見どころは、何といってもダン・スティーヴンスだ。『ダウントン・アビー』のマシュー役で彼のファンになった人は多いだろうし、紆余曲折あって伯爵家の長女メアリーとやっと結婚したと思ったら交通事故であっけなく死んでシリーズから消えてしまい、唖然とした人も多いはずだ。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

その後、マシュー役のぽっちゃり体型から見事にシェイプアップした彼は、アメリカ英語を駆使してスリラー/ホラー映画『ザ・ゲスト』(2014年)や『サイコハウス 血を誘う家』(2020年)に主演したり、『X-MEN』シリーズのスピンオフ『レギオン』(2017年~)に主演したり、ちょっと変わった映画に好んで出演。そんな彼の趣味性の強い映画の選択眼に、そりゃ『ダウントン・アビー』の二枚目役では物足りなかったろう、シリーズは拘束時間も長いしな、と納得。

2021年ベルリン映画祭のコンペに出品されたマリア・シュラーダー監督のドイツ映画『I’m your man(原題)』では、“理想の男性”が実はロボットだったという不思議な役を演じ、完璧なドイツ語を披露している。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

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『ブライズ・スピリット』のダン・スティーヴンスは、デヴィッド・リーン版のエレガントなレックス・ハリソンとは逆に、ネタには煮詰まり、妻2人には追い詰められる作家をちょっとエキセントリックに演じている。リーン版『陽気な幽霊』をファンタジックな艶笑喜劇とすれば、『ブライズ・スピリット』はソープ・オペラ風のドタバタ喜劇。スタイリッシュな粋人だったノエル・カワードは墓の中で眉をひそめているかもしれないが、私は大いに楽しんだ。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』©BLITHE SPIRIT PRODUCTIONS LTD 2020

文:齋藤敦子

『ブライズ・スピリット ~夫をシェアしたくはありません!』は2021年9月10日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

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