五輪陸上中距離で日本人93年ぶり入賞 田中希実が快挙に至った心の動きを明かす

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東京五輪の陸上女子1500メートル決勝で8位入賞し、日の丸を背に笑顔を見せる田中希実=8月6日、国立競技場

 熱戦が幕を閉じ、1カ月が過ぎた東京五輪。1年延期など、新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)され続けたアスリートの祭典となったが、兵庫県小野市出身の田中希実(豊田自動織機TC)が日本陸上界にその名を深く刻んだ。女子1500メートルに日本人で初めて出場し、中距離で93年ぶりの入賞となる8位という快挙を達成。世界のトップ選手と競った日々を「一瞬に感じた。楽しかった」と振り返る。4日に22歳になったばかりのマルチランナーが、大舞台を駆けた思いを語った。(聞き手・金山成美)

 -5000メートルと1500メートルで出場。どんな大会にしようと考えていた。

 「山場が二つ。まず(7月30日に予選がある)5000メートルは決勝に残りさえすれば後は楽しむだけ。もう一つが(1500メートル予選と5000メートル決勝の)2本走ると想定していた8月2日。結果に関係なく、とにかく走り抜く。しんどいけど楽しいだろうなと。1500メートルは予選しか考えてなかった」

 -5000メートル予選は2組6着。14分59秒93の自己ベストでも決勝に0秒38届かなかった。

 「15分を切らないと-と思っていた。集中できていたが、スローになり、いつ(ペースが)上がるんだろうとイライラしたのかも。でも、そのときは必死。運を味方につける何かが足りなかったと思い、すぐ1500メートルに気持ちが向かった。悔しいが今できることをせずに負けたのではない。最後までしっかり頑張れたし、仕方ないと思えた」

 -3日後の1500メートルに向け、切り替えた。

 「(翌朝)目覚めたときは大会が終わって帰ってきたようで。でも、父(健智コーチ)と話すうちに明確なビジョンが見えてきた。決勝に残ったら歴史的なこと、それさえできればぼろぼろになってもいい。予選は日本記録(自身の持つ4分4秒08)をもう1回出す、準決勝は4分を切らないと残れないから全てを出し尽くす。自分もそう思えた。5000メートルの前なら聞き流していただろう。いったん気持ちが空っぽになり、五輪に参加している実感が湧かないまま終わっちゃいそうだったが、1500メートルがあるのが救いだと思い始めた。みんなをびっくりさせたいというのもあった」

 -五輪で日本女子初の1500メートル。積極的な走りで、予選は日本記録を更新する4分2秒33、3組4着で通過した。

 「自分のいきたいペースで、食らいつくしかないと思っていた。格闘技と言われる種目なので、接触や転倒を用心した。上手に位置取りしながら、自分のリズムを崩さないことだけを意識。最初から最後まで感覚的に捉え、後は流れに任せる。中学時代の初心に近く、久しぶりに楽しかった。格上しかいないレースで、何も考えずに自分を出すだけで結果がついてくる感じだった」

 -準決勝はさらにタイムを縮め3分59秒19、1組5着で決勝へ。

 「とにかく4分を切らないと。予選は800メートルが2分10秒かかってるので、それより速く-とだけ決めていた。しんどいけどすごくワクワクしてきた。できるかどうかじゃなく、やらないと負ける。世界レベルだったからこそ、深い部分の力が出せた」

 -決勝は選手紹介で大きく手を振り、笑顔で登場。再び4分を切る3分59秒95で8位に。

 「みんなをもっと喜ばせたいと思ったのも、いい成績が出た要因かな。決勝に立ててうれしいという気持ちを伝えたかった。観客がいないのが寂しかった分、テレビの向こうで見ている人のことをすごく考えられた」

 「今回決勝に残っていなかったら、次に五輪に出るとしても、決勝に残ることが目標になる。残れたことで、決勝で勝負するにはどうすればいいかという感覚で終わることができ、今後の取り組みのプラスになる」

 -選手村でも過ごし、世界的なスポーツの祭典を体感した。

 「試合は緊張するが、終わったら遠征そのものが楽しかったなという中学や高校の時の感覚に似ている。選手村は海外みたいな雰囲気があり、朝練習は楽しい時間で、外国のまちを走っているみたいな気分になれた」

 -世界の選手と競い、貴重な経験を積んだ。

 「1500メートルで入賞でき、前向きな気持ちで課題に取り組める。今度こそ5000メートルで決勝に残って入賞を目指すのと、日本記録は近いうちに狙いたい。うれしくて燃え尽きるより、世界のスタートラインに立てた感覚。やることがまだまだ山積みだなって。5000メートルと1500メートルは日程的にもハードだったが、どちらかに絞る考えはなかった。2種目の権利があるから出ると普通のことと捉えてチャレンジできて、タフな世界の選手に一歩近づけたのかな」

 -今後のビジョンは。

 「1500メートルは3分55秒のレベルじゃないと最後の争いに絡めない。できるかどうかより、見据えてやっていかないと。もっと海外で転戦したい。米国は冬から室内のレースがあり、出たいと思っている。ただ速く走ることだけに集中できるところへ行きたい。(世界最高峰の陸上シリーズ)ダイヤモンドリーグだとみんながんがん飛ばし、サバイバルのレースをする。そこでしか感じられないことを経験したい」

 -次回五輪は3年後のパリ。

 「心残りがあった。国立競技場は新しいのに、(コロナ禍で陸上では)一度も満員になっていない。トラックから満員になっているスタジアムを見たい。選手村の外に出てまちの景色やエッフェル塔も見たい。五輪は本当にワクワクした。見てくれている人の気持ちとリンクし、一緒に自分も盛り上がっていく感じですごく楽しかった。またそんな感覚を味わいたい」

     ◇     ◇ 【たなか・のぞみ】1999年9月4日、兵庫県小野市生まれ。母千洋さんは北海道マラソン優勝などを誇る現役市民ランナー、コーチを務める父健智(かつとし)さんも元実業団選手。小野南中で全国中学校体育大会1500メートル優勝。西脇工高では兵庫県高校駅伝1区3年連続区間賞でチームの優勝に貢献した。2018年U20世界選手権3000メートル優勝、19年世界選手権5000メートル14位。1500メートル、3000メートルの日本記録保持者。豊田自動織機TC、同大4年。153センチ、41キロ。22歳。