今の自民党は、まるで昔の民主党 衆院選の「顔」求め右往左往

By 尾中 香尚里

6月25日、閣議に臨む菅首相(手前)と国家公安委員長だった小此木八郎氏。この日、小此木氏は横浜市長選に立候補するため閣僚の辞表を提出した=首相官邸

 ここ半月の政界の動きはかまびすしい。8月22日、菅義偉首相の地元・横浜市の市長選で、閣僚を辞めてまで出馬した首相側近の小此木八郎氏が、立憲民主党が推薦した事実上の野党統一候補、山中竹春氏に惨敗。自民党内で「菅首相では秋の衆院選を戦えない」との声が吹き荒れた。菅首相は党役員人事や衆院解散の先行などの奇策をもくろんだが奏功せず、9月3日に自民党総裁選への不出馬、つまり事実上の退陣表明に追い込まれた。現在は17日の総裁選告示に向け、党を挙げて「誰が勝ち馬か」の品定めに余念がない、というところだろう。

横浜市長選で当選を決め、花束を受け取る山中竹春氏(左)=8月22日夜、横浜市

 そんなわけで永田町は自民党の動きにくぎ付けだが、ここまでの一連の流れを見ていて、筆者はある種の懐かしさを感じた。こういう光景をかつて何度も見たことがある。今はなき民主党(民進党)である。

 今回の自民党総裁選は、政権与党たる自民党が、党内ガバナンスが効かず国民の失望を招いたかつての民主党・民進党のレベルに落ちていることを、白日のもとにさらすイベントになるのかもしれない。(ジャーナリスト 尾中香尚里)

 ▽バラバラにならないはずが

 かつての民主党・民進党は、何かにつけて「寄り合い所帯」「党内バラバラ」とやゆされていた。民主党は1990年代半ば、自民党、新進党という「保守2大政党」の構図にあらがう形で、いわゆる民主・リベラル勢力を中心として誕生した政党だったが、その後新進党の解党に伴い、保守系の議員が大勢なだれ込み、さらに選挙区事情もあって、自民党からの出馬が困難だった新人も民主党にはせ参じた。

2009年5月、民主党新執行部の役員を発表する鳩山代表。その左は岡田幹事長。右端から菅代表代行と小沢代表代行=東京・永田町の党本部

 当時は小選挙区制中心の選挙制度に対応するため、野党は自らの生き残りのために、合従連衡によって無理やり規模を拡大して「2大政党」の体裁を作らざるを得なかった。結果として民主党は「どこを目指しているのか分からない」政党になってしまった。

 こうした党の成り立ちは、党内が常に「選挙に勝てるかどうか」で右往左往し、無駄に代表交代を繰り返して党の体力を消耗する状況を生んだ。歴代執行部の力不足もあったのだろうが、何かにつけて「解党的出直し」を叫び、自ら党を支える努力をしない中堅・若手のフォロワーシップの欠如も、国民の失望を招いた。その最たるものが前回衆院選(2017年)の「希望の党」騒動。間近に迫った衆院選におびえ、代表交代どころか、民進党を事実上解体させてしまった。

 野党を好意的にみていた筆者でさえ、こんな状況の繰り返しには、心底うんざりしたものだ。

 そんな野党の比較対象として存在していたのが自民党だった。2020年9月、菅義偉氏が新総裁に選出された前回の総裁選。有力派閥の支持表明で雪崩を打つように「菅氏当選」の流れが安定的につくられていくさまには、今でもこんな風に組織のガバナンスが効くものか、と驚いた。

自民党の新総裁に決まり、拍手に応える菅官房長官=2020年9月14日午後、東京都内のホテル

 安倍晋三前首相や菅義偉首相に異論の一つも上がらない「官邸1強」の在りようを、筆者は決して評価していたわけではない。だが、少なくとも民主党・民進党の、政権にあった時でさえ党内で足の引っ張り合いを繰り返すさまに失望した国民は、こういう姿の自民党を、ある種の安心感を持って受け入れるのかもしれない、という思いも抱いた。実際、民主党・民進党関係者から「自民党は批判すべき点は多々あるが、党をバラバラにしない。ガバナンスについては学ぶ点もある」という話を、過去に何度も聞いた。

 ▽派閥が無力化

 だが、菅内閣の支持率が大きく低迷する中で、党総裁選と衆院選の時期が限りなく近づき、新総裁と「選挙の顔」が直結した途端、あれほどの強固な党内ガバナンスを誇った自民党が、あっという間にここまで「民主党化」したことには、こちらが驚いた。

 総裁選においては強い影響力を行使できていた派閥が、今回全く機能していない。自ら「宏池会」を率いる岸田文雄前政調会長が出馬を表明し、派閥に支えられて選挙に臨むさまは従来型の総裁選をほうふつとさせる。だが、その他の派閥はいまだ対応が定まらない。昨年の前回総裁選まで普通にみられた「派閥の領袖(りょうしゅう)が担ぐ候補を決め、一致結束してその候補を推す」という形が作れずにいる。

岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏

 従来型の党内力学で動く派閥領袖に対し、選挙基盤の弱い中堅・若手は派閥に関係なく「選挙の顔」を強く求める。派閥領袖が決めた候補で結束を保つことが難しくなり、結果として派閥領袖たちは、自身も「勝ち馬」を探し始める。麻生派トップの麻生太郎副総理兼財務相が、派内から出馬を表明した河野太郎行政改革担当相を支援するのかしないのか、態度をはっきりできないのが良い例だ。

 なぜか党内で今なお強い影響力を持つとされる細田派出身の安倍晋三前首相が、高市早苗前総務相の支援を表明しても、細田派所属議員の支持候補は分散しそうで、安倍氏が十分な求心力を持っているようには見えない。

 結束力の強さでは党内随一とみられた二階派も同様で、そもそも菅首相が退陣を表明する前、二階俊博幹事長がいち早く菅首相支持を打ち出したにもかかわらず、派内から公然と異論が出たのは記憶に新しい。

 間近に迫る衆院選を前に、個々の議員がバラバラになり始めた。衆院当選3回以下を中心とする中堅・若手議員が派閥横断の新グループを結成し、総裁選について「派閥にとらわれずに個人の意思で投票する」ことを訴えた。

記者会見で自民党総裁選への立候補を正式表明する河野行革相=9月10日午後、国会

 ▽いつかみた風景

 きっとこんなグループが出てくるだろうと思っていた。かつての民主党で見飽きた光景だからだ。「党風一新の会」というグループ名自体、いかにも民主党っぽい。

 評判の悪い自民党長老とは距離を置いていることを有権者にアピールし、自らの生き残りを図りたいのかもしれない。もし今回の総裁選で、安倍前首相が石破茂氏を決選投票で逆転した2012年総裁選のような事態が起きれば、彼らはその後の首相指名選挙で党の総裁に投票せず、造反さえしかねないのではないか。

 もっとも、今になって「党改革を通じた政治改革を断行する」などと強調されても「では『モリ・カケ・サクラ』で党が信頼を失っていた時に、あなた方は何をやっていたのか」という思いしかないのだが……。

 自民党の唯一の「褒められて良い点」だった党内ガバナンスの崩壊を目の当たりにして、筆者は過去の民主党の残念な姿を、まざまざと思い起こした。

 ▽野党はどうあるべきか

 さて、「現在の」野党である。

 民進党の崩壊に伴い、2017年の衆院選で戦後最小の野党第1党となった立憲民主党。その後は選挙を通じて徐々に党勢を拡大。「中小野党のどんぐりの背比べ」状態から「野党の中核」として頭一つ抜け出すと、今度は国会で野党の統一会派を組んで政党間の信頼関係を高めながら「綱領に基づき個々の議員が集まる」形を取ることで「寄り合い所帯ではない」野党議員の糾合を目指してきた。共産党などとの選挙協力も徐々に進み、この1年は大きな与野党対決型の選挙で連勝している。

インタビューに答える立憲民主党の枝野幸男代表=9月1日

 枝野幸男代表ら立憲民主党の執行部は、かつての失敗を繰り返すまいと、ここまでは慎重な行動を重ね、それが奏功していると言える。

 ところが、菅首相の退陣で自民党総裁選に注目が集まる中、それにあおられて浮足立つ野党の若手議員の存在が、報道などで指摘されている。実際は浮足立っているひまもないはずだが、もし報道が事実であれば、非常にもったいない。

 せっかく、過去の民主党の「最大の欠点」を、自民党が引き取ってくれているのである。ここで野党側が再び過去の「民主党」に逆戻りする必要はないし、すべきでもない。奇をてらうことなく、淡々と誠実に政策を訴えて選挙区を回り、有権者と対話を重ねればいい。自民党にはもはや見られない「安定感」は今や野党にこそある、と有権者にアピールして安心感を勝ち取る。これこそが、衆院選に向けて、立憲民主党をはじめとする現在の野党が、なすべきことであろう。

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