【テニス】全米オープン・ティーンエイジャー対決に見た新時代の予感

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全米オープン女子シングルスで優勝した19歳のエマ・ラドゥカヌ(C)ロイター

エマ・ラドゥカヌ

レイラ・フェルナンデス

私たちは、この2002年生まれの2人の名をすぐに忘れることはできないだろう。

全米オープンは11日(日本時間12日)女子決勝が行われ、18歳のエマ・ラドゥカヌ(イギリス)が19歳のレイラ・フェルナンデス(カナダ)を6-4、6-3で破り「アメリカン・ドリーム」を完成させた。ラドゥカヌは、男女を問わず予選を勝ち抜いて優勝した史上初の選手となり、母国イギリスにとって1977年のバージニア・ウェード以来、44年ぶりにグランドスラムタイトル獲得の快挙をもたらした。

2人ともジュニアからプロへの移行期ともいえる年齢で、あまりにもインパクトあるテニスで世界を騒がし、未来の女子テニス界をリードすることを予感させた。

今大会が始まる前には、22年ぶりのティーンエイジャーによる決勝戦が見られるとは誰も予想していなかったことだろう。良い意味で私たちの期待を裏切り、日が経つにつれ多くのファンが彼女たちの勝利を切望した。そして今大会で超新星となった当人たちは、日々驚くべき成長を遂げていく自分自身を楽しんでいるようにも見えた。

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■大坂なおみら強豪を撃破したフェルナンデス

先に注目を浴びたのは準優勝となったフェルナンデスの方だったように思う。168cmの体格から誰と対戦しても打ち負けない強さを発揮し、ただの「勢い」とは言えない質の高いテニスで世界トップ5を撃破してきた。決勝までに2位のアリナ・サバレンカ、3位の大坂なおみ、5位のエリナ・スビトリナ、そしてグランドスラムで3度の優勝経験を持つアンゲリク・ケルバーを3セットにもつれる激戦で制している。重要な場面では、終始10代とは思えないほどの落ち着きを見せ、戦局での的確な判断、ショットの実行力、果敢に相手の隙へと切り込んでいく鋭い姿勢は非の打ち所がない。そして「“let’s get up!」と両手を挙げて観客を煽る姿は、見るものを夢中にさせる魅力があった。

■予選出場から史上初の優勝

対するラドゥカヌは、優勝候補だった世界No.1のアシュリー・バーティを倒したシェルビー・ロジャーズアメリカ)、東京五輪金メダリストのベリンダ・ベンチッチスイス)、全仏で準決勝に進出したマリア・サッカリギリシャ)を撃破し決勝まで駒を進めた。73位のフェルナンデスと違った点は、150位の立ち位置から2回目のグランドスラム本戦出場を果たすために、予選3回戦を突破しなければならなかったことだろう。

しかし彼女は緻密に計算された数種類の攻撃パターンを使いこなし、予選から1セットも落とさず驚くほど効率的に勝ち上がってきた。試合後に見せるフレッシュな笑顔とは裏腹に、コート上では相手を静かに着々と追い込み、時には武器を隠しながら前進する。気付けばもう成す術がないほど戦術的な理詰めを披露した。

■フェルナンデスとラドゥカヌの攻防

そんな二人の決戦を見ようと23,700人のテニスファンがアーサー・アッシュ・スタジアムに集まった。その光景を前に両者ともに緊張感と不安が高まっただろうが、この雰囲気を乗り越えたものしか憧れた優勝トロフィーは高々と掲げることはできない。互いにアクセル全開で臨んだ立ち上がり、ラドゥカヌが第2ゲームを5度のデュースの末にブレークし、2-0と先にペースを掴んだように見えた。

これまでに幾度となく逆転勝利を実現させてきたフェルナンデスも勝利の法則を熟知している。「奪われたものはすぐに取り返す」と集中力のギアを上げ3度のデュースの末にブレークし返し、ラドゥカヌを「自由な空間」へ解き放たないように圧力をかけた。しばらくは互いに緊張感のあるキープが続いたが、ここまでフルセット勝利を続けてきたフェルナンデスのサービスが息切れしだす。勝機を見つけたラドゥカヌは相手を振り切るリターンゲームを見せ1セット目を6-4で先取した。

2セット目は逆にフェルナンデスが2-1とリードするが、ラドゥカヌは活き活きしたストロークを早いタイミングで四方に散らし、フェルナンデスをコートいっぱいに走りまわせた。そこからは4ゲームを連取し5-2で迎えた第9ゲーム、最後は173キロのサービスエースで終止符を打ち、エマ・ラドゥカヌは全米オープン・チャンピオンとしてコートに倒れこんだ。

■女子テニス新時代の幕開けか……

「テニスを仕事にしようと真剣に考えたのは2年前だった」と決勝前に話した18歳の新女王は、これまでWTA本戦で1勝も挙げたことがなく、初めての全米オープンで頂点に上り詰め優勝賞金250万ドルを手にした。150位のランキングは23位へジャンプアップすることが決まっており、来季はじめの全豪オープンでは本戦シード選手として最終日を目指すことになるだろう。

後に行われたセレモニーでラドゥカヌは「今回の決勝戦は、女子テニスの未来と今のテニスの奥深さを示していると思います。ビリー・ジーン・キングのような偉大なレジェンドや、現代のトップにいるすべての人たちの足跡を次の世代がたどっていけることを願っています」と語り、あのあどけない笑顔で私たちの心に爽快な風を吹かせた。

また決勝戦で涙をのんだフェルナンデスは、大会のサポートと家族への愛に感謝した後に、自身がまだ生まれていない20年前の9・11の惨劇から復興を遂げてきたニューヨーカーたちに労りと励ましの言葉を送り、皆の胸をうった。

女子テニス界の混戦は続きそうだ。しかし今回のように若手の活躍は、すべての世代に刺激を与え、また女子テニスの層を厚くさせたと言える。今後のこの二人の活躍は未知数ではある。だが、再びグランドスラム決勝で顔を合わせ、人々を熱狂の渦に引き込んでほしい。その時は、新時代の幕開けかもしれない……。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。