世論調査軽視、短命の一因か 新政権が菅政権から学ぶべき教訓(米重克洋)

振り返ってみれば、菅義偉内閣は歴史的に高い水準の支持率とともに始まった。昨年9月の発足直後に報道各社が行った調査を見ると、朝日新聞では支持率が65%、日本経済新聞では74%などと、歴史的に見ても高い水準だった。また、自民党の支持率は5割前後に達した社もあった。

表:菅政権発足時の報道各社の内閣支持率(2020年9月)

この時は、菅氏にとって絶好の解散機会でもあった。既に任期満了まで1年となっていたため、与党内では「菅新首相」が高支持率の勢いを活かして衆院解散に踏み切ることを公然と希望する声もあった。

しかし、菅氏はこの時、「折角総裁に就任したので、仕事をしたい」として、早期の衆院解散を見送った。歴史にifはないが、もしこの時仮に菅氏が解散総選挙に臨んでいれば、高支持率を背景に自公で3分の2に近い議席を改めて確保することで、より「仕事」をすることができただろう。

衆院選が昨秋に終わっていれば、次の大型国政選挙は2022年の参院選まで間があった。この間コロナ対応で大きく内閣支持率を落としていても、議員同士の党内力学だけで今秋の総裁選を乗り切り、参院選前にワクチンの普及やそれに伴う行動制限緩和などの恩恵を演出し、自身の指導力を国民世論に訴えるー といったシナリオも描けたはずだ。

菅氏は折角のロケットスタートを活かせず、支持率の急速な下落とともに政権を維持するエネルギーを喪ったわけだ。では、一体当初の高支持率はどこから来たのだろうか。

菅政権発足時の世論調査を振り返ると

当時の各社調査の内訳を見ると、いくつかのヒントが見えてくる。そのひとつが、無党派からの内閣支持率の高さことだ。上記で紹介した20年9月の朝日新聞の調査の内訳をより詳しく見てみると、「支持する政党はない」としたいわゆる無党派層の実に51%が菅内閣を支持すると回答していた。

また、自民党支持層に占める内閣支持率も高かった。同じ調査で、自民党支持層の87%が菅内閣を支持すると答えていた。「自民党の内閣なのだから、自民党支持層が支持するのは当たり前だろう」と思われるかもしれないが、実はそうではない。今年8月、末期の菅内閣の自民党支持層に占める支持率は57%にとどまっていた。無党派層に至っては、14%と3分の1未満に激減していた。

つまり、菅氏は安倍政権から引き継いだ与党のぶ厚い支持基盤に加えて、無党派層を中心とした新政権への弱い「期待感」の上乗せにより高支持率を獲得したと言えそうだ。ところが、菅政権は発足直後から日本学術会議での学者任命拒否などに政治的なエネルギーを費消する一方、コロナ対応では感染者数が増加局面にあってもなおGoToトラベルの停止に踏み込まず、緊急事態宣言発出などの対応も知事の突き上げを受けて「波」のピークに差し掛かってから出すなど、後手後手と批判される対応に終始した。

菅内閣においては、感染拡大防止か、経済活動かといった二者択一的な議論が絶えなかった。だが、各社の世論調査では、まず感染拡大防止を最重視する意見が一貫して優勢だった。かなり遅い段階まで様子を見ては、知事の動きに突き上げられる格好で宣言に追い込まれる構図は、結果として東京や大阪など地方の知事への世論の「評価」を相対的に上げる材料にすらなったようにも見える。

今思えば、新型コロナの感染状況を制御することの難しさや、その後の感染者数、病床利用率等の予測可能性の低さも、これまた保守的に見通していれば政権発足直後に解散しておくという判断に至っただろう。コロナにおいても世論の動向においても、一貫してデータを軽視した希望的観測に基づく判断を積み重ねた結果、最初から最後まで苦しんだように見える。

安倍政権の発信と世論調査

対比して、安倍政権が長期政権となった背景に、恐らく首相かその周辺が世論調査をよく見ていた形跡がある。特にそれを窺い知れるのは、前回の衆院選(2017年)における、解散報道後から選挙期間までの安倍首相の発信だ。

今や多くの人が忘れ去ってしまったかもしれないが、当時、突如解散を打ち出した安倍氏の掲げる大義名分は「消費増税分の使途変更」だった。増税分の大半を、借金の穴埋めではなく、幼保無償化や社会保障に振り向けるというものが主な名分であった。しかし、有権者の関心は頻繁にミサイルを発射するなど緊迫する北朝鮮の情勢にあった。当時報道各社の世論調査では、衆院選にあたって重視する政策課題として、北朝鮮を念頭に「外交・安全保障」を挙げる回答が、経済や社会保障といった他の定番の回答と並び、あるいは抑えて最多に上っていた。

かくして、安倍氏が発するメッセージにも変化が見えた。当初前面に出ていた消費増税分の使途変更といったテーマ以上に、北朝鮮情勢を「国難」とした「国難突破解散」を行うとしたのだ。選挙の遊説においても、安倍氏の演説は多くの割合が北朝鮮情勢や安全保障に関する話題に割かれた。対峙した小池都知事率いる「希望の党」は、外交・安全保障政策における意見の不統一ぶりを突かれ、かの有名な「排除」発言、そしてその後の混乱、急失速へとつながっていく。安倍政権が世論調査を重視して長期政権を維持する意思決定につなげていたことを窺わせる、数あるエピソードの1つだ。

こうした世論調査の中身を安倍氏本人がよく見ていたのか、あるいは周囲で調査に通じた人が助言し、それを本人がよく聞いていたのかは分からない。だが「運と握手だけ」では長期政権は実現し得ないのは間違いない。菅氏は安倍政権で最初から最後まで官房長官という枢要ポストにいたはずだが、重要なことを継承できなかったようだ。

来る今月29日には、自民党総裁選の投開票が行われ、新しい首相が決まる。新首相は、向こう10ヶ月ほどで衆院選と参院選の2大国政選挙を乗り越えることになる。長期政権となるか、かつてのように1年おきに入れ替わる短期政権に終わるかは「世論調査を軽んじるべからず」というこの教訓をどう受け止めるかに掛かっていそうだ。

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