『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』魔法を使えないハリー・ポッター、自作の合鍵で脱獄を図る

ハリー・ポッター役で知られるダニエル・ラドクリフが、南アフリカのアパルトヘイト政策(白人優遇の人種隔離政策)に反対する活動家を熱演。投獄された彼らの監獄からの脱出劇をスリリングに描いた、実話ベースのサスペンス。

[映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』公式サイト]

厳戒態勢の刑務所からの脱走を試みる男たちを描いた政治ドラマ

1970年代末の南アは、アパルトヘイト政策による黒人をはじめとする有色人種への謂れなき弾圧が日常化していたことで知られる。厳しい弾圧に耐え、政治的自由と差別撤廃を勝ち取った黒人たちや、そのリーダーであるネルソン・マンデラの目線で描かれることが多いアパルトヘイトだが、本作は白人でありながらアパルトヘイトに反対した活動家たちの所業を描くことで、同政策の非道に抗議する形をとっている。

脱獄モノとしては、同じく実話ベースである スティーヴ・マックイーンの名作『パピヨン』があるが、同作が抑圧から逃れようとする個人の欲求をテーマにしたものであるのに対し、本作は脱獄をすることが 自由を求める多くの人々の代弁となる政治的活動の表れであることが異なる。『パピヨン』が、脱獄に成功することによってカタルシスを得られる作りとすれば、本作は成功するか失敗するかは関係なく、トライすること=弾圧に抵抗すること であるという作りであることが違うと思う。とはいえ、脱獄を試みる方はなんとしても成功しようと考えるし、失敗=死、もしくはそれに準じるようなさらなる絶望なのだから、到底失敗してもいいなどとは思えないのだろうが。

主人公 ティムは仲間のスティーブンと共に、白人でありながらネルソン・マンデラ率いるレジスタンス組織ANC(アフリカ民族会議)に加わるが、官憲の手によって逮捕され、政治犯としてプレトリア刑務所に投獄される。

ティムは12年、スティーブンは8年の実刑を喰らうが、2人とも刑を務め上げることなど考えていない。どうやって厳しい監視の目を逃れて脱獄するか。それしか考えない。
先に投獄された男たちの協力を得つつ、脱獄計画を練り上げていくティムとスティーブンだったが、プレトリア刑務所からの脱獄は限りなく難しく、心折れそうになりながらも2人は模索を続ける。

脱獄することで非道な政権にプレッシャーをかける

本作は冒頭で述べたように、実話を元にした創作である。
実際に多くの人々を苦しめた人種隔離政策であるアパルトヘイトに対して、 暴力的に対抗しようとテロに走った者も多かったし、非暴力を貫いて抗議を続けた者も多かった。

実際のところは知らないが、本作のティムとスティーブンは、爆発物を街中に仕掛けるも、死傷者を出すものではなく、政治的スローガンを記したチラシを自動的にばら撒くことを目的にした、非常に穏和なものだった。手でチラシを配れば当局にすぐに逮捕されるし、それを手に取る方にもリスクがある。だから比較的弱い爆発でチラシを文字通りばら撒き拾わせるという手段をとったのだろうが、残念ながら2人はすぐに警察に捕まってしまう。

2人は白人であることで(しかもこの手の政治活動に身を置く白人は比較的裕福で高い教育を受けてきた場合が多く、2人はその例に漏れなかったことで)、近親憎悪の対象にはなるものの、(黒人活動家と比べれば)それほどひどい扱いを受けずに裁判での実刑判決を受けることになる。そうして刑務所に収監されることになるわけだが、やはり差別対象である(主に黒人)有色人種ではないだけに 比較的穏当な処分(もちろん 言論の自由が保障されている民主国家にあるならば、チラシをばら撒いただけで長期の監獄生活を強いられることはないと思うが)が為されていると思う。
監獄生活も必要十分な食事や最低の運動も与えられているので、それほど非人間的な扱いを受けているわけでもないようにみえる。

やはり脱獄は抑圧からの脱走というよりは、その成功が非道な政権に対する抗議の一環になると考える、政治活動の一つだったのだろうと思える。

良い映画だが役者にとってありがたい作品かどうかは別?

主演のティムを演じるのは、日本人にはハリー・ポッター役で知名度が高いダニエル・ラドクリフ。実は彼は非常に多彩な役柄を演じているのだが、やはりこれといってハリー・ポッターというイメージを塗り替える役どころにはまだ辿り着いていない。

しかしながら、本作においては、もちろん魔法こそ使えないまでも、智略の限りを尽くして脱走を試みる主人公の、なかなか折れない心の勁さと、それでも時折忍び寄る不安と恐怖に苛まれる臆病をうまく演じている。ほとんどセリフがない中で、寡黙に信念に殉じる青年役を、ハリー・ポッターの影を微塵も見せることなくこなしているのはさすがだと思うのだが。

ティムの相棒のスティーブン役は、ダニエル・ウェバー。「 デンジャー・クロース 」の出演などがあるが、まだそれほど強い印象を残せるほどの役には巡り合っていない。本作でも主人公ティムの相棒として、準主役的な役柄を与えられているが、残念ながらそれほど強い印象を観客に与えられてはいない気がする。

本作は全体として非常にスリリングで良い出来だと思うが、役者にとってありがたい作品かどうかは別なのだろう。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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