【中原中也 詩の栞】 No.30 「干物」(生前未発表詩)

秋の日は、干物の匂ひがするよ

外苑の輔(ほ)道しろじろ、うちつづき、
千駄ヶ谷 森の梢(こずえ)のちろちろと
空を透かせて、われわれを
視守る 如し。

秋の日は、干物の匂ひがするよ

干物の、匂ひを嗅いで、うとうとと
秋蝉の鳴く声聞いて、われ睡る
人の世の、もの事すべて患(わづ)らはし
匂を嗅いで睡ります、ひとびとよ、

秋の日は、干物の匂ひがするよ

      

【ひとことコラム】〈(神宮)外苑〉などは東京の地名ですが、各地で見られる秋の情景です。高く晴れた空に慈愛に満ちた眼差しを感じながら、世俗を離れひとり昼寝を楽しもうとする詩人の姿。〈干物〉は「ひもの」とも「ほしもの」とも読めます。皆さんはどちらの匂いをイメージしますか?

(中原中也記念館館長 中原 豊)

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