その7 「聞く耳」を持つ

現地邦人の子どもたちに向けて日本語教育を行っている皆本みみさん。「みみ先生」からニューヨークでの日本語教育について大切なことを伝えていく連載。**

「自分は一番、これでいいと思った時、成長は止まる。自分はまだまだだと思っていないと進歩しない」。 これは、子どもたちに対してだけでなく、自分に対しても言い聞かせてきた言葉です。己を伸ばすためには、向上心だけではなく、謙虚さが大切だということです。そして、謙虚さは、「聞く耳」を持つということではないかと思っています。自分はこれでいいと思った時に成長がストップするのは、「聞く耳」が、失われてしまうからなのではないでしょうか。 ニューヨークの教室で、こんなことがありました。「5ドル・40分」でグループ指導をしていた時のことです。ある日、小学校1年生の女の子がやってきました。その子は、平仮名もカタカナも書くことができ、お母さんの話によると、小学校の就学前に一人で覚えたということでした。女の子には中学1年生の兄がいて、この子は教えたことはありませんでしたが、マンハッタンでも1、2を争う中学校に入ったくらい勉強ができ、ピアノではコンクールに優勝するほどの才能の持ち主でした。女の子が平仮名やカタカナが書けるのも、お兄ちゃんが勉強しているところを見ていたのかもしれません。が、実際に女の子に書かせてみると、書き順がいいかげんだったのです。 そこで、その子のお母さんに、家庭でも気を付けて見てあげれば書き順は直るということを話しました。そのほうが漢字に入った時にスムーズにいきます。すると、お母さんは、「それならみみ先生がやってくださいよ」と言ったきり、次回からは来なくなってしまいました。このお母さんは、息子さんの優秀さを鼻にかけているところがあったので、おそらくプライドが傷ついてしまったのでしょう。

「聞く耳」がないと子どものチャンスを奪う 私は、お母さんがどんな人であろうと、お預かりしたお子さんが大事ですから大切な事は、はっきり言います。が、残念なことに、この女の子とはこれっきりになってしまいました。 気になったのは、このお母さんの目が息子にばかり向けられていたことです。私の見ている前で、お兄ちゃんがささいな事で妹を殴ったことがありました。その現場を目撃した私は、すぐにお兄ちゃんに注意をしましたが、どうやら「聞く耳」がなかったようです。家の中では、自分が一番なのですから。 仕方がないとはいえ、やるせない気持ちでいっぱいになりました。このお母さんは、「聞く耳」を持たなかったために、子どもが伸びるチャンスを自ら奪ってしまったのです。 後で叱らずにその場で叱る 姪の娘たちを預かった時の話です。上の子は5歳、下の子は2歳半でした。公園で遊んでいて、夢中になってしまったのでしょう。2人は、出てはいけないといわれていた道路に飛び出してしまったのです。その時、私は、即座に2人を叱りつけました。 しかし、その後、妹の方が、「いいじゃん」といった態度でふてくされ、地面にあお向けになってビービー泣き出したのです。 これは、私にとってチャンスです。「泣くんだったら、ここで泣きなさい」と、妹を道路に引っ張り出しました。お姉ちゃんの方は妹に代わって必死に「ごめんなさい」と謝っています。そして、もはや泣いている場合ではなくなった妹の方も、「ご、ご、ごめんね」と謝りました。よし、よし、これでいいの。心の中でガッツポーズをして、2人をしっかり抱き締めました。ここまで3分ほどの出来事です。お姉ちゃんは言いました。 「もしここで車にひかれたら、パパやママに会えなくなっちゃうもんね。みみは正しいよ」と。カップラーメンを待つくらいの時間で、子どもたちはもちろん、私にとっても価値のある時間を過ごすことができたような気がしました。 ※このページは、幻冬舎ルネッサンスが刊行している『ニューヨーク発 ちゃんと日本語』の内容を一部改変して掲載しております。

皆本みみ

1952年、東京都八丈島生まれ。 79年に来米。 JETRO(日本貿易振興会)、日本語補習校勤務を経て公文式の指導者となり、シングルマザーとして2人の娘をニューヨークで育てる。 2007年『ニューヨーク発ちゃんと日本語』(幻冬舎ルネッサンス)を上梓。 現在もニューヨークで日本語の指導者として活動中。

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