妊活最前線~ES細胞から卵子を作る時代がやってくる~

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政府は不妊治療の保険適用に向け動き出している。そんな中、マウスのES細胞から正常な卵子を作ることに、九州大学大学院医学研究院ヒトゲノム幹細胞医学分野の研究室が成功。ヒトへの応用はいつごろになるのか?RKBラジオの情報ワイド番組『櫻井浩二インサイト』に出演した林克彦教授に聞いた。

九州大学・林克彦教授

櫻井浩二アナウンサー(以下、櫻井):ES細胞から卵子を作るのは難しい?

林克彦教授(以下、林):ES細胞やiPS細胞というのは、あらゆる細胞になれますが、今まで技術的に正常な卵子を作ることはできなかったので、今回の成功は画期的なことです。今から5年ほど前に、iPS細胞から卵子を作るという研究をしました。それには、卵子を作る細胞以外にも卵子を作らせるための周りの細胞=体細胞が必要でした。今回の研究では、ES細胞から卵子と、それをサポートする細胞を作ることに成功しました。つまり、体の中から取ってきた細胞なしでES細胞だけで作ることに成功した点が今回の大きな成果です。

櫻井:どんな点が難しかったですか?

林:ES細胞やiPS細胞は何にでもなれる細胞ですが、逆に言うと「なんにでもなれちゃう細胞」なので、そこから1種類、2種類の細胞に導いてあげることが難しかったです。また、子供ができるためには“正常な”卵子でなければならないので、その点も難しかったです。今回は“正常な”卵子を作るだけでなく、実際に受精し子供ができるところまで成功しました。

田中みずきアナウンサー:あとはいつ私たち「ヒト」に応用できるかですね。

林:そうですね、難しい問題です。今回は人間に構造が似ているマウスで成功しましたが、似ているとはいっても、卵子を育てるためのタンパク質の形などが違うため、今回得られた結果を基に改良していきます。今回のマウスの実験はいろいろな条件下で約10年かかりました。おそらく技術的にはあと10年あればヒトの卵子らしいものはできると思います。難しいのはそれが“正常な”卵子かどうかということで、その卵子で子供ができるかどうかの検証が必要になってきます。しかし倫理的な問題があるので、人で試してみようというふうにはなかなかなりません。技術的な問題と倫理的な問題は分けて考えなければいけません。

櫻井:林先生が考える「倫理的な問題」とは?

林:その卵子が健康な子供を作ってくれるのか、という点です。どこかに異常がある子供が生まれた場合、私たちは責任が持てません。なので、その卵子が安全であることを担保する、そしてそれを使うというところに倫理的な問題があると考えています。ヒトへの実用化に近づけるためには、マウスよりもヒトに近いサルなどで試すことが次のステップです。

櫻井:難しい問題もありますが、もしこれが実用化されたら、今不妊で苦しんでいる人にとっては大きな出来事になりますよね。

林:現時点では、精子や卵子を持っていない人は全く治療法がない状態です。なので、ES細胞やiPS細胞から卵子を作るということは技術的にその人たちを救える可能性があります。理論上の話をすると、卵子を持っていない患者さんがいたとします。その方の皮膚からiPS細胞を作って、そこから卵子と、卵子をサポートする細胞を作れば、その患者さんの遺伝子をすべて持った卵子が出来上がります。しかし、健康な子供が生まれるレベルまで安全性を上げていくことが必要です。

櫻井:実用化する、という判断はどこがするのでしょうか。

林:誰かが、よし行ける!という宣言は多分ないと思います。今から40年前にイギリスで「試験管ベビー」と呼ばれた体外受精で初の子供が誕生しました。当時、そんなことが許されるのかという議論がありましたが、一度子供が生まれて安全性、簡便性、再現性が担保されると、みんなが始めて、どんどんその数が増えていきます。そうなると社会が受け入れざるをえなくなり、だんだん浸透していきますので、それが新しい技術が社会に認められるプロセスだと思います。

櫻井:林先生は不妊治療の現状についてどう思いますか?

林:不妊治療そのものに関してはかなり技術が進み、これまで子供が得られなかった人たちが子供を得られるようになってきたと考えています。私たちが行っている研究はかなり未来的で細胞を使って治療するのは10年先、20年先の話になると思います。一方で、子供を持ちたくても、社会的状況から持てないという人がたくさんいると思います。不妊という問題は医学的な問題だけでなく、このように社会的な問題もありますので、社会的な問題に関しては子供を安心して産み育てられるような社会構造を作ることが大事になってきます。

櫻井:社会構造を作り、治療法がさらに確立されれば出生率に影響すると?

林;私たちは出生率に影響を及ぼすことが使命だと思っています。今、日本の出生率は1.34ですが、このままではどんどん日本人が少なくなっていきます。そうなると日本人は滅びてしまいます。医学的な問題解決意識とともに、社会的問題意識を高めて、両輪で解決していかなければならないと思います。

櫻井浩二インサイト

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分

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