日本建築界の巨匠・隈研吾にインタビュー 国立競技場に込めた思いを語る

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30~)。この番組では、多摩美術大学卒業で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。7月17日(土)の放送では、「東京国立近代美術館」で開催されている、建築家・隈研吾さんの企画展とインタビューを紹介しました。

◆日本を代表する建築家がネコから学んだこと

今回の舞台は東京都・千代田区にある東京国立近代美術館。片桐は、ここで9月26日まで開催されている建築家・隈研吾さんの企画展へ。

隈研吾さんは、国立競技場の設計にも携わった、現代日本を代表する建築家の一人。今回の企画展の主役は、さまざまな建築模型。通常は現地に訪れなければ見ることのできない隈研吾さんの建築物の、精密な模型が展示されています。

この展覧会のタイトルは「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」。なぜ"ネコ”なのかといえば、隈研吾さんが好きだから。さらには、ネコが好む空間を学ぶことで新しい公共性が作れると考えているからだそうで、そんなネコから隈研吾さんが学んだ5原則が「孔」、「粒子」、「やわらかい」、「斜め」、「時間」です。

本展のゲスト・キュレーター・保坂健二朗さん案内のもと、まず片桐の目に留まったのは栃木県・那須郡の「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)。これは美術館でありながら平屋で、模型を前に片桐は「贅沢ですよ。昔の日本家屋でもここまでのサイズのものはない」とビックリ。

隈研吾さんの名前が世間に知られるきっかけとなったこの建物の特徴は、5原則の1つにあるネコが大好きな"孔”。建物を大胆に貫通している孔があり、そこが町と自然を繋ぐ通り道に。なんとも自然を感じさせる美術館となっています。

美術館の設計の際、隈研吾さんには意識していることがあるそうで「美術館は僕にとっては住宅とあまり変わらない。住宅はリビングルームが気持ち良く、そこに行くとゆったり癒される。僕は美術館も同じようにゆったり癒されるような感じでデザインしたい。美術館は芸術で高尚な世界、リビングルームは日常の世界と分けずに、どちらも自分たちを癒してくれる空間にしたい。設計しているときは全然同じ」と語ります。

続いては、新潟県・長岡市の「アオーレ長岡」(2012年)。これは市役所と議会とアリーナが一体となった建物ですが、片桐は訪れたことがあるそうで「あれは隈研吾さんが手掛けたんですね。いわゆる市役所という建物ではない……」と回想。

この建物の中央部には隈研吾さんが「中土間」と呼ぶ孔のような部分があり、そこが市民の憩いの場に。しかもそこは"時間”に関係なく、24時間誰でも使うことが可能。また、議場が道路に面しており、市役所建築の概念を覆したことでも話題になりました。

そんなアオーレ長岡の全貌を知り、片桐は「建築自体が実用性と芸術性の狭間にあるもの。建たないとダメだし、美しさも大事だし、そのバランスは難しいですよね……」と建築の難しさを再確認。

ただ、そこにも隈研吾さんなりの考えがあるようで「僕は芸術性と実用性を区別したくないと思っていて、面白いデザインができた時は、それはある意味、実用的であり、芸術的でもある。両者が合体していることを確認できるのは、できた建物に人がたくさん集まり、楽しそうにしている姿。実用性と芸術性が一致したからそれだけ人が集まってくれるのかなと思う」と持論を語ります。

◆地産地消やくつろぎ、地域に根ざした空間作り

次に片桐が目にしたのは高知県・高岡郡にある「梼原 木橋ミュージアム」(2010年)。そこは左に行けばホテル、右には温泉施設と谷、両者を結ぶ橋兼ミュージアムです。注目すべきはその部材で、昔の日本建築や寺院などは大きな部材を使うことで威厳を醸し出していましたが、これはその反対。気軽に温泉に向かえるよう、細かい部材で軽やかで優しい感じを生み出しています。

また、小さな木のパーツが"粒子”として組み合わさることで橋の荷重を軽やかに支え、人々に安らぎをもたらすと同時に地元への優しさも考慮。大きな部材は扱う製材所が限られますが、細かい部材ならどこでも作ることができ地産地消が可能。これも隈研吾さんが常に行っていることの1つだそう。

一方、隈研吾さんの最新作の1つが東京都・大田区にある「東京工業大学 Hisao&Hiroko Taki Plaza」(2020年)。これはキャンパス内にある学生会館で、「くつろぎ」を与えるためにしているのが"斜め”の多用。大きな階段で地面と屋根を繋げ、建造物が自然と周囲に溶け込んでいます。こうした斜面は、思わず人が腰かけてみたくなるように、ネコにとっても心地よい空間なんだとか。

◆隈研吾の原点、国立競技場に込めた思い

そして、隈研吾さんの近年の大作が設計者の1人として関わった「国立競技場」(2019年)です。

隈研吾さんは「ルーバー」と呼ばれる板状の部材を用いて、心地よい風が流れるかをいくつも検討。建築模型を見ると、いかに風の流れを意識していたのかを感じることができます。

そもそも彼が建築家を志した原点もオリンピックに縁のある建物で、それは57年前の東京オリンピックに合わせて作られた世界的建築家・丹下健三の代表作の1つ「国立代々木競技場」。

「小学校4年生のときに父親が連れて行ってくれてね。代々木競技場があまりに周りの建物と違う。木造の小さい建物が並んでいる中で、丹下さんの建物だけが塔みたいな形で建っていて、『こういうのって誰が作るの?』って父親に聞いたら『丹下っていう建築家が作ったんだ』と聞いて、こういう仕事をやりたい、こういう建物を作れたら世の中に少しはいいことができるんじゃないかと思って、その日に建築家になりたいと思った」と隈研吾さん。

代々木競技場は鉄とコンクリートの芸術でしたが、新たな国立競技場は木の温もりに包まれた新たな未来への建築に。隈研吾さん自身、「丹下先生の建築は本当にエッジが利いていた。コンクリートと鉄という時代を象徴する素材を使って、時代をシンボライズした人だと思う。僕らが生きている時代は全く逆の時代だと思う。1964年に比べたら低成長、少子高齢化だけでなく、コロナも加わる、ある意味どん底みたいな時代。でも、そんなどん底みたいな時代にもくじけないような新しい幸せ、渋い幸せみたいなものを形にできたら」と国立競技場誕生の経緯を振り返ります。

最後はJR山手線の新駅、東京都・港区にある「高輪ゲートウェイ駅」(2020年)。隈研吾さんが今の時代を意識した人に優しい建築です。

こちらも抜けのある建物ですが、注目すべきは屋根。その素材には幕が使われ、太陽光が差し込むため、昼間は駅構内が"やわらかい”自然光に包まれます。また、隈研吾さんらしく木材も多く使われており、「昔の駅こそ駅舎が木でできていて、なんかいいなって感じますけど、これは最近の駅なんですね……」と物思いにふける片桐。

今の時代にあった新しい心地良さを模索すべく、ネコから学んだキーワードを詰め込んだ隈研吾さんの建築を堪能した片桐は「建築のイメージというと権威というか、わりと固く考えていましたけど、そこにネコの目線、"やわらかさ”や"斜め”など、芸術でもあるけど優しさみたいなものもあることを教えてもらいました」と感想を述べ、「隈研吾さんのネコの目線を参考にした新しい建築、素晴らしい!」と絶賛。絶えず模索し続ける孤高の建築家に盛大な拍手を贈っていました。

◆「片桐仁のもう1枚」は、「下北沢てっちゃん」

ストーリーに入らなかった作品から片桐がどうしても紹介したい作品をチョイスする「片桐仁のもう1枚」。今回は片桐が「これも隈研吾さんがやったんですか?」と最も驚いた「下北沢てっちゃん」(2017年)。

そこは焼き鳥が美味しい下北沢にある居酒屋で、隈研吾さんが内装と外装を手掛けました。予算も少なかったため、外装には窓のアルミサッシ、内装はスキー板を使用。どちらも廃材屋に捨てられたものを使ってリノベーションしており、こうした仕事も隈研吾さんは「何か新しいものが見つかるはず」とこなしているとか。それを聞いた片桐は「逆に楽しいんでしょうね……」と隈研吾さんの心境を察していました。

※開館状況は、東京国立近代美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週土曜 11:30~11:55<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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