【自民党総裁選2021】4人の候補の長所とアキレス腱(歴史家・評論家 八幡和郎)

17日に行われた自民党総裁選の共同記者会見(自民党公式 総裁選特設ページより)

自民党総裁選挙が、17日に告示され、岸田前政務調査会長、河野規制改革担当大臣、高市前総務大臣、野田幹事長代行の4人が立候補し、29日の投開票に向けて選挙戦がスタートした。

後継総裁選挙に4人の質の良い候補が登場したのは、素晴らしいことだ。過去の総裁選挙の歴史を見ても、2人しか出馬しないと自分が共感できる候補を見いだせない人が多く、どちらが気に入らないかというネガティブな選択になりがちだが、4人いると誰かは支持したい候補がいるものだ。

しかも今回は、男性女性、学歴経歴、出身地などバラエティがあっていよい。年齢は60歳前後に集中してるが、高齢候補ばかりよりはよい。また、注目されるのは、4人ともアメリカ在住経験がある国際派で、語学力も含めて首脳外交への不安がないのも嬉しいことだ。強いていえば、官僚出身とか知事経験者のような実務に強い候補がいたほうが議論は深まった気はするがまずは良い組み合わせだ。

あとで書くようにこの4人なら、選挙が終わったら、敗者を全て要職に抜擢して、連立内閣のような布陣にできるし、少なくとも総選挙は圧勝だろうし、来年の参議院選挙までもなんとかもつだろうと思う。数週間、菅首相の運の悪さによりうチャンス到来に笑いが止まらなかった枝野立憲民主党代表は、指をくわえて見てるしかあるまい。

この原稿を書いているのは、告示の翌日であるので、告示日に行われた演説や各種討論会まで踏まえた感想だ。 

1、人柄と話し方 

岸田には良識ある社会人としての安心感がある。一緒に働いても、おそらく家庭人としても、信頼できそうなイメージがある。私は彼の父親と一緒に働いたことがあるが、同様のキャラクターだった。その常識人らしさが、物足りなさにつながっていたが、二階幹事長に喧嘩を売ったあたりから吹っ切れたイメージになりイメージはアップした。ただ、言葉はともかく、何かやってくれそうという期待感がもっと欲しい。

河野は小泉純一郎と同じように、ワンフレーズの勝負に強いし、風貌も迫力があって改革派としてインパクトが大きい。テレビ向きだ。総裁に立候補するにあたって持論に封印するのは許されることだが、本音はどうなのか曖昧になっていることが散見されるのが気がかりだ。

議論になるとやや感情的で対話は上手とは言えない。「すぐどなる」といわれパワハラが問題になるが、これまでと違って総理がパワハラしたら政治家も役人も逃げ道がない。その危惧を払拭して欲しい。森友事件も基本的にはパワハラ問題だ。

高市はインタビューに対する応対が完璧。意地悪な質問に対しても、きちんと受け止め、笑顔を絶やさず説明し、しかも、最後は自分の土俵に持ち込んで言うべきことを言う。好感度が高く人気上昇の理由だ。演説は分かりやすいが、対話でのスリリングな対応に比べると、いわゆるアジ演説でないので、その意味ではやや迫力不足。関西弁を交えてのトークは、永田町的な巧言令色を感じさせず、庶民にわかりやすいのはいいことだ。

野田は演説でも討論でも滑舌のよさが印象的でこれでかなり得をしている。また、真摯で目線もしっかりしており、信頼感を与える。 ただ、内容については、自分の子供のこととか、細かい話題が多くて、政策の輪郭がつかめず、結局、日本をどう持っていきたいのかメッセージが伝わってこない。というか、討論会で本人もいっていたが、菅退陣で突然に出馬を決意したので、体系だった政策が準備できないということだろう。

2、経歴と国際性  

河野は慶応大学を中退してアメリカのジョージタウン大学へ。ポーランド、シンガポールにもいたことがある。英語力はアメリカの大学院でなく学部を経験しているので抜群。英語だと日本語ほどきつくないという指摘もある。小選挙区への移行の際に、父親と別々の選挙区で出て二つの議席を得た全国で唯一の例で、ほとんど苦労してないのが難点。

高市は唯一の非世襲政治家。神戸大学、松下政経塾、アメリカでの研修ののち、中選挙区時代に無所属で2度目の挑戦で当選。新進党に入るが、路線変更に反対して自民党に移る。出戻りではない。サッチャーのように、群れず、政策的に媚びず、一人で、または閣僚などと勉強して実績を上げてきた日本的でない政治家でないことがどう評価されるか。

野田は大阪の富豪・島家に生まれるが、祖父で岐阜選出の野田卯一の養女となる。県会議員を経て代議士に。自民党で選挙区から勝ち上がった代議士は珍しかった。郵政選挙で自民を除名されたが当選。高校時代に米国留学後、上智大学。帝国ホテル勤務。卵子提供を受け体外受精で出産。夫の問題がネックだが、それはあとで書く。

岸田は通産官僚だった父親の勤務のため小学生時代にニューヨークの現地校で過ごす。英語は流暢ではないが発音は正しく、英語の演説も好評だし、安倍内閣の名外相として評価を高めた。早稲田大学。父親から引き継いだ地盤はそれほど強力でなかったが、本人の努力で安定させた。地元でも派閥でも温厚な人柄で切り抜けてきたが物足りなさも。 

3、政策(コロナ以外)

高市は安倍路線の継承を唱える。憲法改正、皇位継承原則の維持、靖国参拝などを唱える。積極財政を唱えるが消費減税は否定し、産業競争力強化のための支出を唱える。もし、それが賢明に行われたら素晴らしいが、そこがよく詰まっているのかは課題が残る。中国に対する危機管理を軍事、経済両面で強調するのは正しいことだ。

野田が「米中で緊張感のある中で、日本は賢く対応すべき」と言うのは致命的にまずいのではないか。米中間距離を正面切って唱えるのは民主党政権でもしなかった。これでは文在寅大統領の日本版より悪い。撤回するべきだ。少子化対策こそ最大の経済対策という認識は正しいが、なにを犠牲にして財源を出すのか語らない。皇位の女性継承は国民の声を聞くというが無責任ではないか。人気投票で決める問題ではない。

岸田は憲法改正を任期中にするとか、皇位継承の男系維持も安倍路線を受け入れ。経済政策は、新自由主義的な政策を改め、成長ばかりでなく分配にも重点という。内容はおかしくないのだが、世界最低の成長しかできてないこの国で成長を犠牲にして分配したらマイナス成長だ。たとえば、最低賃金の引き上げは中小企業と労働者の分配の問題であって経済成長にはむしろ資する。表現がおかしいのではないか。

河野は原子力の将来的な廃止や再生可能エネルギーの優遇を唱えるが、経済に悪影響を与えずにする提案はない。消費税増税による年金の維持を明言。改革姿勢は明確だし蛮勇をふるうことへの期待はあるが、結局は新自由主義的規制緩和が主軸ではないのか。それとエネルギー政策を組み合わせるとトランプとバイデンの不思議なミックスだ。外交は威勢は良いが、防衛費増額には後ろ向きなのが不思議だ。選択的夫婦別姓や同性婚に賛成。皇位継承は男系を支持しつつも含みを残す。

4、コロナ対策

4人の候補の違いが分かりにくい。ワクチン接種を進めることは4人とも賛成しているが、いっそう拡大、加速するための方策は誰も語らず。ワクチンパスポートの導入についても、便利に使えるようにすることについては前向きだが、その使用を公的に進めさせることについては後ろ向きだったり、言葉を濁す。高市が介護や接客業務への優先をいっているのが違うくらい。

治療薬の開発をいずれも言うが、この冬に間に合う話ではない。 全般的に、河野はワクチン担当相だけあって、知識には一日の長があるが、逆にいうと、可能な方策があれば一番実行に移せる立場であるから、新しいことをするといわれても、期待できるはずがない。現状への不満も甘んじて受けるしかあるまい。しかし、他候補も現状への批判が手ぬるいので期待薄ともいえる。 また、このコロナ禍で露呈した医療の問題にメスを入れることについては、いずれも医師会などに遠慮してか沈黙。

一括給付金については、この前のような一律には否定的だが、ではどうするかは不明確だ。

5、全般的な評価と課題  

岸田については、外相を長くやり、政調会長も務めたのだから、即戦力であることは間違いない。言っている政策の方向もだいたい正しい。アピール力の弱さも、イメージの問題としては著しく改善された。ただ、たとえば、100日で何をやってくれるのかという具体的な行動計画があるのかという期待感がわいてこないのが課題だ。総理になった場合の人事で前向きの改革に取り組めるかが決まるのかもしれない。

高市については、政策についてよく勉強しているし、派閥の長でないので、岸田ほどオールラウンドにまとまってはいないが、柔軟性はすでに発揮しているので不安はそれほどない。また、1で書いた説明能力、対話力の高さは、これを見て、安倍・菅両総理のはぐらかしが多い話法と大違いという人もいるが、その点において、従来の政治家的な話法に不満をもっている層の政治不信を改善する長所あり。

河野は菅総理が支持しているが、河野でいいならそもそも菅首相が辞める必要がなかったのではないか。いわゆるパワハラ問題は、外相などのときにも指摘されたが、人事に官邸の了解が必要だったので問題化しなかった。最高権力者がパワハラしたら組織はもたない。本人が弁解したような、平塚弁だからきつく聞こえるというような問題でないのであって、暴言が危惧された池田勇人が寛容と忍耐の政治を打ち出して危惧を払拭したような、宣言を早くすべきであろう。

野田については、夫が過去に暴力団員であったとする記事を書いた週刊誌を夫が名誉毀損で訴えたが敗訴し、しかも出版社がそう信じる真実相当性があると裁判で認定された。夫は不服として控訴しているが、これは夫も記者会見などして釈明すべきだ。野田自身も情報公開に協力すべきだし、仕事に関わらせないの一言で済ませる問題でない。それがスタートラインに立つ前提なのではないか。 この河野、野田両氏についての問題は、これからまだ10日あるのだから、急ぎ対応することを望むところで、現状において問題だというだけで、排除すべきだということではない。

かつて、蓮舫の二重国籍を私が指摘したときに、民進党は蓮舫自身が調査中であると時間稼ぎをして、そのうちに、党員投票が終わり、しかも、その結果が公表され、本選挙の投票時には疑惑が深まっていたのにかかわらず、蓮舫を代表に選出して党勢に大打撃を受けた。その誤りを繰り返すべきでない。

6、まとめ  

1955年に成立した第1回の自民党総裁選挙は、本来、立候補予定で最有力だった緒方竹虎元副首相が急死したために、鳩山首相が無風で当選した。  

そのために、実質的な初の総裁選挙は、翌年に行われ、第1回投票では、岸信介幹事長がトップだったが、決選投票では石橋湛山通産相が3位の石井光次郎の協力を得て僅差で当選した。 しかし、岸は新総裁に協力するかわりに平等なポスト配分を要求し、副総理兼外相に就任した。しかも、3ヶ月後に石橋が病気で辞任し、後継総裁を岸に譲った。それ以来、総裁選の後はノーサイドで敗者にもしかるべきポストを与える美風ができ、それが長期政権の秘訣になっている。  

私は今回もこの伝統を継承すべきだと思う。おそらく、野田はかなり離されるだろうから、とりあえずは、岸田、河野、高市の3人が総裁・首相、官房長官、幹事長を分け合えばいい。互いの弱点を補完すると思うからだ。そうすれば、総選挙と参議院選挙で安定した議席を得ることができるだろう。  

どういう組み合わせでも良いと思うが、私はできれば河野氏には幹事長をして欲しい。というのは、河野は党三役を経験していない。調整役として汗をかく経験が河野氏の大成のために有益だと思うからだ。河野氏には期待しているのだが、いまなのか、という人は多い。  

野田については、ぶっとんだ外交姿勢の修正と夫についての説明なしには閣僚などにふさわしいかという問題はあるが、その能力については、いかんなく発揮され期待する人も増えたのだから、なんらかの形で、重要な仕事ができるポストを占めて欲しいと思う。

© 選挙ドットコム株式会社