手当金申請却下15倍増の怪 障害児の親「なんかおかしくない?」

東京・浅草寺の周辺を歩く家族連れ(ゲッティ=共同)。写真と本文は直接関係ありません。

 2019年、横浜市で人知れず異変が起きていた。障害のある子どもを育てる親に支給される「特別児童扶養手当」というお金を巡ってのことだ。手当を申請しても「障害が基準より軽い」として却下される割合が、それまでは4%程度だったのに、一気に15倍の60%以上に増えていた。この年に限って、障害の軽い子どもの親が大量に申請したとでもいうのだろうか。耳慣れない特別児童扶養手当という制度。調べてみると、次から次へとおかしなことが分かってきた。(共同通信=市川亨)

 ▽大阪市と東京都で同数

 特別児童扶養手当は、20歳未満の障害児を持つ養育者に支給される国の制度だ。障害児を育てる経済的な負担を補うのが目的で、21年度の支給額は障害の重い順に1級で月5万2500円、2級で3万4970円。所得制限があり、受給者は20年3月末現在、全国で約24万5千人いる。

 かかりつけなどの医師に診断書を書いてもらい、他の書類と一緒に市区町村役場に提出して申請。都道府県と政令指定都市の判定医が支給の可否や等級を審査する仕組みだ。

 同手当の支給状況をまとめた厚生労働省の統計「福祉行政報告例」は膨大な数字の羅列だが、よくよく見ると、不思議なことに気付く。例えば最新の19年度の申請件数。人口約270万人の大阪市と、約1400万人の東京都で年間の申請件数が1600件余りでほぼ同じ。支給が認められた人はわずかだが大阪市のほうが多い。

 いや、「大阪市が多い」というより、東京が際立って少ないと言ったほうがいいだろう。東京で支給が認められた人数は愛知県よりも少ないし、埼玉県や兵庫県ともそれほど差がない。

 過去のデータから各自治体の推移を見てみると、さらに驚く。冒頭で触れた横浜市だ。申請して却下された人の割合は、15~18年度は審査件数の3~4%台だったのに、19年度はいきなり63・5%に跳ね上がっていた。

 ▽判定医が替わった

 なぜこんなことが起きるのか。市に電話して、却下件数が急増した理由を尋ねてみると、担当者は「ああ、判定医がその年に1人替わったからかな。基準が変わったとか、そういうことはありません」。ところが、さらに詳しく聞いていくと、だんだんしどろもどろになっていく。

 「詳しく調べて、折り返します」と言う職員に代わって電話してきた担当課長は「国の基準に沿って客観的に審査している。判定医が交代したから、ということではない」と言い張った。

 ▽1人で審査

 では一体、審査はどのように行われているのか。

 判定医は都道府県と政令市がそれぞれ3~5人ほどに委任していることが多い。たいていは肢体不自由、精神の障害(知的・発達障害を含む)など障害種別ごとに1人だ。前任の判定医や地元医師会に紹介してもらったり、県立病院の医師に依頼したりと、選任方法はまちまち。氏名は公表されていない。

 審査は子どもに直接会うことはなく、診断書による書類のみ。しかも国の審査基準が曖昧で、判定医が1人で処理するため、診断書がどう書かれているかや、判定医の裁量で左右されやすい。横浜市の却下急増について他自治体の担当者は「審査の厳しい医師が判定医になったからでしょう」と話した。

 ▽10年で2・8倍増

 却下は全体でも増えている。09年度の却下件数は全国で1410件だったが、19年度は3950件と、10年間で2・8倍に増加。この間の申請件数の増加は1・4倍にとどまっており、審査した件数に占める却下の割合は09年度の5・3%から、19年度は10・5%に上昇。10人に1人が不支給となっている。

 厚労省は、軽度の発達障害でも申請する例が増えていることを理由に挙げるが、識者からは「厳しい社会保障財政に対する判定医の意識が反映されているのではないか」との指摘が出ている。

 ▽自治体間で5倍の差

 自治体間のばらつきも大きい。19年度の却下率は横浜市の63・5%を筆頭に、千葉市39・7%、宮崎県26・2%などと続く。一方で秋田県は0%、岩手県も0・2%だ。

 そもそも、前述した通り申請件数に大きな違いがある。国勢調査(15年)の20歳未満人口を基に1万人当たりの申請件数(19年度)を計算してみると、大阪市の40件に対し東京都は8件と、5倍の差だ。

 1万人当たりの支給対象児童数を見ても、最も多い沖縄県(269人)と最少の東京都(53人)で5・1倍の差。20ある政令市でも、最多の浜松市(193人)と最少のさいたま市(67人)では2・9倍の開きがある。

 ▽門前払い

 東京都でこれほど申請件数と対象児童数が少ない理由は何なのか。高所得者が相対的に多いため、所得制限が影響している可能性もある。だが、地域差は他の自治体間でもあり、所得だけでは説明が付かない。

 原因として考えられるのが、障害が軽度の場合に申請を受け付けるかどうか、自治体によって対応が異なることだ。

 東京都が都内の自治体に示している「広報の記載内容の一例」は、支給の目安として知的障害者手帳(療育手帳)の「1~3度程度」と記載。最も軽い第4段階の児童は含まれていない。一方、沖縄県を含む他自治体の多くは同じ第4段階でも受け付けており、実際に支給されている例もある。

 東京都では軽度の身体障害でも同様に説明不十分な点があり、障害が軽い児童が門前払いされている可能性が高い。判定医の審査で却下する割合も高めで、その結果、対象児童数が少なくなっているとみられる。

 ▽国の制度なのに

 親たちは釈然としない思いを抱えている。ダウン症で知的障害のある娘を持つ千葉市の女性(37)は、18年に申請を却下された。別の医師に診断書を書いてもらい、申請し直すと2級と認められた。

 ところが、今年の更新時の審査で再び「障害程度が非該当」として打ち切りに。提出した診断書は同じ病院で書いてもらい、内容もほぼ同様だった。

ダウン症の娘がいる千葉市の女性が受け取った「特別児童扶養手当」打ち切りの通知(画像の一部を加工しています)

 娘が通う発達支援事業所は利用時間が保育所に比べて短いため、女性は時短勤務になり、収入は減った。「なんで受け取れないんだろ」。会員制交流サイト(SNS)で県外の親仲間と情報交換し、自治体によって差があると感じていた。「国の制度なのに、受け取れるかどうかが住む地域によって違うのはおかしい」と話す。

 ▽周知不足

 「そもそも手当の存在が周知されていない」と指摘するのは、1型糖尿病患者や家族らでつくるNPO法人「日本IDDMネットワーク」の井上龍夫理事長だ。1型糖尿病は生活習慣とは関係なく幼少期に発症することが多い。条件を満たせば手当を受け取れるが、「障害」とは思わない人も多く「患者の約4割は存在を知らない」(井上理事長)。

 病院や保健所の職員の間でも手当の認知度は低い。患者が説明を受けないまま成長し、何年分も受給し損ねたケースもあるという。

 井上理事長は「支給基準を正確に理解していない判定医や自治体も見られる。誤った審査で却下され、泣き寝入りしている人もいるはずだ」として、周知の徹底を国に求めている。

 ▽取材後記

 「特別児童扶養手当」と聞いて、どんな手当か知っている人がどれだけいるだろうか。一般の人の認知度や関心が低いため、国も自治体も特に注意を払わず、不公平な状態が長年放置されてきたとしか思えない。

 ほとんどの自治体の担当者は、自分のところの対象児童数が全国の中で多いのか少ないのか、他の自治体が住民にどう説明しているのか知らない。1、2年で異動していくことが多いので、深く考えず前任者から引き継いだ通り処理しているのではないか。住民は役所で「対象外」と説明されたら、他の自治体では受給できる可能性があるとは知るよしもない。

 判定は医師の「医学的判断」と言うものの、診断書を見ただけの判定医が障害児の日常生活の様子や、親の大変さをどこまで分かるのか。福祉職などを加えて複数の目で審査するなど、判定方法の見直しが必要だと思う。

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