韓国の原子力潜水艦保有、日本にとって新たな潜在的脅威となる恐れ

By Kosuke Takahashi

韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が原子力潜水艦の保有計画を着々と進めている。その主な目的として掲げているのは、北朝鮮潜水艦の常時監視や北朝鮮の核ミサイル攻撃への対応だが、そればかりではない。文大統領は「自主国防」を強化しており、軽空母と原潜の導入で韓国を米軍に依存しない「大国」にしたいとの長年の悲願を有している。しかし、韓国が攻撃型原潜(SSN)を保有することになれば、隣国日本にとって新たな潜在的な脅威になりかねない。

この拙稿では、文政権の原潜保有計画の主なポイントをまとめてみたい。

●原子力潜水艦と通常動力潜水艦の違い

文政権の原潜保有計画を述べる前に、軍事に詳しくない読者のために、原潜と通常動力の在来式潜水艦の違いを簡単に述べておきたい。

原潜は核燃料を一度装填すると、半永久的な潜航が可能となる。もちろん乗組員への食料調達や地上での休養のために無制限に潜っている訳にはいかないのだが、海水を蒸発させて真水を作ったり、海水を電気分解して酸素を作ったりすることができる。

これに対し、ディーゼル・電気推進の通常動力の潜水艦は艦内の換気やバッテリー(蓄電池)の充電のために、定期的に海面に浮上しなくてはならず、潜航時間が短くなる。海面に上がらなければならない回数が増える分、敵に位置が発見されるリスクも増える。

また、原潜は通常動力潜水艦と比べ、強い動力で速力が増している。船体サイズも大きいことから、ミサイル発射管や魚雷管をより多く搭載でき、攻撃能力にも優れている。さらには船体が大きい分、乗組員のための居住空間が広くなり、快適さも増している。ただし、航行中に出る音が大きいのが難点だ。例えば、海上自衛隊の「おうりゅう」や「とうりゅう」、「たいげい」といったリチウムイオン電池搭載の通常動力潜水艦の方が静粛性では優れているとされる。

2021年3月24日に就役した海上自衛隊のそうりゅう型12番艦「とうりゅう」(海自公式ツイッターから)

●4000トン級「張保皐IIIバッチ3」から原潜

韓国は、次世代潜水艦の張保皐(チャン・ボゴ)IIIバッチ3(基準排水量4000トン)の3隻から原子力推進にすることを目指している。そして、それ以前の張保皐IIIバッチ1(3000トン)とバッチ2(3600トン)のそれぞれ3隻ずつは通常動力潜水艦となっている。

バッチとは同じ種類で建造される艦艇グループで、ローマ数字は性能改良の順番だ。現時点では、張保皐IIIバッチ1の1番艦に当たる島山安昌浩(トサン・アン・チャンホ)だけしか就役していない。韓国が8月15日に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験に初めて成功したのは、この島山安昌浩からの水中発射だった。韓国メディアは、このSLBMが最大射程距離500キロの玄武2Bを改造したものだと伝えている。

就役済みの島山安昌浩とは別に、張保皐IIIバッチ1の2番艦、3番艦、そして、張保皐IIIバッチ2の1番艦が既に起工されている。

韓国国防部は2020年8月に発表した「2021-2025年国防中期計画」の中で、「張保皐III潜水艦」建造計画を明らかにし、4000トン級の張保皐IIIバッチ3が原潜になることを認めている。

●廬武鉉時代からの長年の悲願

韓国の原潜保有計画は突然、文政権で出てきたのではない。その保有計画は1990年代にまでさかのぼる。ソ連が崩壊してロシアへ変わる過程で、韓国はロシアの原子炉製造会社であるOKBMから潜水艦用小型原子炉の設計図や技術サポートを受けた。

文大統領にとっては、原潜保有は盧武鉉(ノムヒョン)大統領の側近を務めていた2000年代からの悲願だった。

盧政権は2003年、日本との竹島/独島問題をめぐる対立が深刻化し、日本国内で核武装論が出ると、4000トン級の原潜を2020年までに3隻建造する計画を推進したが、一部メディアにこの事実が公開されたため、取りやめになった。

しかし、それから14年後、文大統領は盟友である故盧大統領の自主国防路線を受け継ぎ、2017年の大統領選挙で韓国軍が原潜を保有する必要性に言及した。

文大統領は就任後の2017年8月にはトランプ大統領との電話会談で、北朝鮮への対抗策として原潜導入計画をトランプ大統領に説明し、アメリカ側の理解を求めた。

さらに原潜導入計画に拍車をかけたのが、北朝鮮の金正恩総書記が2021年1月の朝鮮労働党大会で原潜開発に取り組むと明言したことだ。「北朝鮮の脅威」という大義名分の下、原潜導入の必要性をアメリカにも訴えることができる。原潜があれば確かにSLBMを搭載した北朝鮮の潜水艦を長時間追跡でき、発射の兆候を捉えればすぐに撃沈できるかもしれない。

●最大の障害はアメリカ

しかし、そのアメリカが韓国の原潜導入計画にすんなりとオーケーを出すとは考えられない。

文大統領は大統領選で、原潜保有に向け、米韓原子力協定の改定に取り組む考えを示していた。原潜を運用するには燃料として少なくとも20%の濃縮ウランが必要だが、現行の米韓原子力協定ではその生産が認められていない。

韓国大統領府国家安保室の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)第2次長は2020年7月、「次世代潜水艦は核燃料を使うエンジンを搭載した潜水艦」と述べ、「米韓原子力協定と原子力潜水艦は別個であり、全く関連性がない」と強調した。

そして、その2カ月後、金次長はワシントンを訪問し、アメリカに原潜用燃料を供給してほしいと要請した。しかし、アメリカはこれを拒否した。核不拡散の原則に基づいて、軍事目的のために使用される原潜用燃料を、これまでどの国にも販売または提供した前例がないという理由であった。

米海軍海上システム司令部のジェームズ・キャンベル・プログラム分析官も2019年10月に開催された討論会で「米国は、韓国が同盟国であっても(原子力潜水艦の)技術を出さない」と述べた。

韓国外交省で朝鮮半島平和交渉本部長だった金ホン均(キムホンギュン)氏は韓国の中央日報の取材に対し、「韓国の原子力潜水艦推進を容認する場合、北東アジア軍備競争を触発する恐れがあり、米国はこの問題を単なる1つの例外認定でなく全体の北東アジア戦略レベルで判断するだろう」と述べている。

韓国の軍事ジャーナリストの金大榮(キムデヨン)氏は筆者の取材に対し、「韓国の原子力潜水艦保有の最大の障害は、アメリカである。アメリカが許可しなければ、開発をすることができない」と指摘した。

●文大統領「海洋強国の強い土台」

文大統領は2021年3月、「西海(黄海)守護の日」の記念式典で、「先進大洋海軍こそ韓国が進むべき海洋強国の強い土台」と述べ、軽空母と潜水艦建造事業をアピールした。

歴史を振り返れば、朝鮮半島は、中国、日本、ロシア、米国、モンゴルという世界列強の「クジラに囲まれたエビ」と言われてきた。20世紀前半は日本の帝国主義的植民地となり、同世紀後半は東西陣営対立の冷戦の最前線に置かれた。朝鮮の人々にとって、第2次世界大戦の終わりは冷戦と朝鮮戦争の始まりを意味した。

文大統領の原潜と軽空母の保有を目指す強い姿勢には、そんな周辺大国に翻弄された歴史を二度と繰り返させまいとの思いが感じられる。また、トランプ前大統領が在韓米軍撤退に言及した近年の苦い教訓からも、アメリカに依存しない「自主国防」という対米自立路線を着々と推し進めている。

しかし、韓国が原潜の保有まで目指しているという事実は、アメリカが提供する「核の傘」を信頼しなくなっていることを意味する。さらに、原子力の軍事利用に踏み込み、自らが掲げてきた朝鮮半島の非核化という大目標に疑念を抱かせることになり得る。

また、そもそも韓国の周辺海域は狭く、原潜が高額な割には作戦運用するのは得策ではないとの指摘がある。

●問われる米国と日本の対応

仮に将来、南北朝鮮が原潜を保有することになれば、日本は中国、ロシアに続き、周辺4か国が原潜保有国になる。

日本の排他的経済水域(EEZ)の面積は世界第6位の広さだが、海上自衛隊は原潜を保有していない。それは日本の防衛の基本理念が「専守防衛」だからだ。自国から遠く離れた海での潜水艦の運用は考えていない。

しかし、南北朝鮮が原潜を保有すれば、日本でも抑止力を高めるために原潜保有構想が浮上しかねない。その場合、アメリカは日本の原潜保有を認めるのだろうか。

また、アメリカは、インド太平洋地域の平和と安定維持に向けた英豪との新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」を立ち上げ、豪州の原潜建造に協力すると表明したばかりだが、同じ同盟国である日韓の原潜建造には協力できないとすればダブルスタンダードではないか。

さらに、加藤勝信官房長官は9月16日の記者会見で、AUKUS創設について、「インド太平洋地域の平和と安全にとって重要だ」と歓迎した。しかし、アメリカが万が一、豪州に対してと同様、韓国の原潜保有を認めた場合でも日本は歓迎の意向を示すのか。示さなかった場合、「なぜ豪州は良くて韓国はだめなのか」というダブルスタンダードにはならないのか。

中国の台湾への攻勢をはじめ、日本の安全保障を脅かす出来事が増えつつある。韓国の原潜保有も、日本で近く誕生する新政権の大きな問題になるのは間違いないだろう。

(Text by Takahashi Kosuke)無断転載禁止

© 高橋浩祐