「誰でもよかった」

 〈沢山(たくさん)の人があるいている/それぞれ どこに行くのか/何をしにゆくのか/僕は知らない〉…と、詩人の杉山平一さんの「ひと」という一編は始まり、こう続く。〈なんと この沢山の人に行先があり/それぞれに用事があるのは/すごいことだ〉▲道を行き来する人たちにそれぞれ行き先があり、用事があり、生活と人生がある。当たり前のことだが、道で擦れ違いながら、互いにそれを意識するかといえば、そうではない。たいてい目も合わせないものだろう▲だがこのごろは、見知らぬ人にも必ず“行き先”があるという〈すごいこと〉に思いを巡らしている。佐賀県鳥栖市の79歳の女性がハンマーで殴られ、命を落とした事件の報に、やりきれない思いで接する▲逮捕されて1週間たった長崎市の大学生の男(25)は、相手は「誰でもよかった」、「殺せる人を探していた」という内容の話をしている。女性とは面識もなく、事件現場に行ったこともないという▲動機は分かっていない。解明は欠かせないにしても、こうした見知らぬ人を的にする事件からは、打つ手や教訓がなかなか得られないのがやるせない▲誰かの人生を思いつきで奪う理不尽がまた一つ。人それぞれの毎日の歩みが行き先、意味を持つのは〈すごいこと〉。それを顧みない凶行がまた一つ。(徹)

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