実力伯仲の興味深い一戦 「盾」のグランパスが「矛」のマリノスに勝つ

J1 名古屋―横浜M 前半、指示を出す名古屋のフィッカデンティ監督=豊田

 「自分たちのサッカーを貫きます」。よく現場では、こういう言葉を聞くことがある。しかし、勝負は相手との力関係の上に成り立っている。自分たちのサッカーを展開できるのは、実力が上位のチームに限られるといってもいい。弱いチームは自分たちの長所を出す機会がないままに、相手のペースに巻き込まれていくことがほとんどだ。確固たる自分たちのスタイル。それを持った同士の対戦は見ていて楽しい。ただし、実力が伯仲している場合だ。お互いの意地の張り合いがどこまで続くのか。そのような対決から好試合は生まれる。

 9月18日のJ1第29節。守備と攻撃という対極をなす特長を持った同士の上位争いがあった。4位の名古屋グランパスと2位の横浜F・マリノスの一戦。ホームの名古屋はシーズンの無失点試合を18に伸ばし、1995年にマリノスが記録したJ1最多に並んでいた。一方、当時とは大きくスタイルを変えて攻撃型となったマリノスは、今季リーグ最多の63ゴールを挙げていた。

 注目の「盾」と「矛」の戦いは、立ち上がりからマリノスがペースを握った。人もボールも良く動くから、名古屋はプレスのかけどころを絞り切れない。前からボールを奪うのは難しいので、ペナルティーエリアのラインに最終ラインを合わせ、シュートコースを限定する。それでも失点の可能性をはらんでいた。

 しかし、劣勢を一発でひっくり返すチャンスがある。セットプレーだ。前半12分、サイドからのFKやCKがマリノス守備陣を惑わした。マテウスはCKで目先を変えた。ファーサイドを狙ったマテウスのクロスを、ダイレクトで狙った稲垣祥のボレーはキックミスだった。しかし、右ポスト際の長沢和輝へのパスのようになった。長沢の折り返しをコントロールして金眠泰(キム・ミンテ)がボレーシュート。はじかれたボールにいち早く反応したのが中谷進之介だった。「ミンテがシュートを外した時点で僕のところにくると思ったので」。その確信には、なんの根拠もないだろう。ただ、一番早く予測したことで誰よりも早く反応できた。それが待望の先制点につながった。

 先制点を奪っても、その後に生まれたビッグチャンスはすべてマリノスだった。前半36分のレオセアラのヘディングは「1点もの」だった。しかし、シュートはGKランゲラックの正面に。この日の名古屋には運も味方した。

 名古屋が1点をリードして折り返した。この試合のカギとなったのは、後半の立ち上がりだろう。前半、名古屋は高い位置からのプレスをほとんどかけられなかった。後半のキックオフ直後に、気持ちを新たにプレスをかけ直した。それが功を奏した。

 後半1分、ボールを保持したマリノスの岩田智輝がターンをしようとしたところに前田直輝が急激に間合いを詰める。岩田は慌てて前線にボールを蹴り出そうとしたが、このボールを前田が引っ掛けた。こぼれた先は、左にいたシュビルツォクの目の前だった。

 夏の欧州選手権にも出場したポーランド代表のストライカー。4日前のACLでも持ち味を発揮、韓国の大邱を相手にハットトリックを記録した。日本人ストライカーのように、守備も含めて平均レベルでなんでもできる器用さはないかもしれない。ただ、点を取るという目的に対しては、すべての技術的手段がハイレベル。研ぎ澄まされているといった感じだ。

 前田からのこぼれ球にも、恐ろしく冷静だった。ワンタッチで少し内側にボールを持ち出し、体を一瞬開いた。右足でのシュートの体勢だ。対応するためにGK高丘陽平が前に出てポジションを取る。すると、予測していたのだろう、2タッチ目でGKの手の届かないやや左方向にボールを押し出して完全にフリーに。角度は難しくなったが、十分に腰を回し左足で正確にゴールにボールを送り込んだ。

 守備を持ち味とするチームが2点のリード。本来なら楽勝だが、リーグ屈指の破壊力あるアタッカーをそろえるマリノスが相手では安全とはいえない。事実、後半27分には交代出場した杉本健勇にCKからヘディングシュートを決められて1点差に詰め寄られた。その後もボールを支配するのは、ほとんどマリノスだった。

 それでも名古屋は慌てない。攻め続けられても、じれないところが「ウノ・ゼロ(1―0)」を美徳とするイタリア的だ。イタリア人のマッシモ・フィッカデンティ監督の割り切り方がすごい。1点を守り切るために、後半31分に攻撃の中心であるマテウスを下げ、CBの木本恭生を投入。5バックでゴール前を固め、逃げ切り策を選択した。後半39分、レオセアラに決定的なシュートを放たれたピンチもGKランゲラックがファインセーブで救い、2―1のままタイムアップを迎えた。

 お互いが持ち味を発揮しての、見応えのある好試合。勝利を収めたフィッカデンティ監督は、満足そうに言った。「シュートはかなり打たれたかもしれないが、それが『もし入っていたら』というような話をする必要があるシュートではなかったと思う」。注目された「矛」と「盾」の一戦は、お互いが持ち味を発揮した試合だった。そして紙一重の差で、この日は「盾」に軍配が上がった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社