映画祭支えた、特別な空間

昨年閉店「丸八」の記録映画完成、山形で来月上映

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多くの人でにぎわった「香味庵クラブ」(映画「丸八やたら漬 Komian」製作委員会提供)

 山形市の中心部にある老舗の蔵は2年に1度、多国籍の言語が飛び交い、夜遅くまで熱気に包まれる。山形国際ドキュメンタリー映画祭の社交場「香味庵クラブ」。昨年、惜しまれつつ閉店した創業135年の老舗漬物店は、映画人にとって特別な空間だった。そんな香味庵を記録したドキュメンタリー映画が完成し、同映画祭で上映される。建物はなくなったが、いつもの合言葉は今回も聞こえてくる。「Komian(こうみあん)で会いましょう」

今年も聞こえる「Komianで会いましょう」 

 市民有志が製作委員会を立ち上げて製作した作品は「丸八やたら漬 Komian」。10月7日に開幕する映画祭のオープニングで上映され(オンライン配信)、同22日からはフォーラム山形(山形市)で見ることができる。丸八社長として映画に登場する新関芳則さん(68)が映画祭との関わりを語った。

 香味庵クラブが始まったのは1993年、3回目の映画祭の時だった。丸八では前年、蔵を改装した「食事処(どころ) 香味庵」をオープン。そのタイミングで知人から声が掛かった。「映画祭の監督らが集い、憩える場をつくりたい。店を貸してくれないか」。正直、映画祭のことはよく知らなかったが、二つ返事で快諾した。

 企画運営したのはまちづくりに取り組む市民団体「山形ビューティフルコミッション」。1、2回目の映画祭で、上映後に行き場に迷ったアジアの監督らが映画館前の路上にあふれているのを見て、居場所をつくろうと動いた。手弁当でもてなしの準備を進める姿を前に、「場所を貸すだけ」と思っていた新関さんもすっかり入り込んでいた。「芋煮と漬物も出してほしい」と言われ、自ら調理場に立って振る舞った。

 こうしてワンコイン(500円)でワンドリンクとつまみが付き、誰でも参加できる場ができた。夜な夜な店内は外国語が飛び、映画談議で熱を帯びた。「映画というキーワードで集った人たちのエネルギーが満ちていた。その空間に身を置く体験を楽しんでいたんだろう」と振り返る。回を重ねるごとに人気が高まり、店外に人があふれた。いつしか「Komianで会いましょう」が映画祭を訪れる人たちの合言葉になった。続ける苦労もあったが、「喜んでもらえることがありがたかった」。

 「雰囲気ある建物、山形の食、そして人。うまく合致したのが香味庵クラブだった」と今は思う。その場をなくしてしまったことに申し訳なさも感じている。コロナ禍で社会は大きく変化した。「変わらないのは山形の地で映画祭をやるということ。新たな発想でその文化を守っていってほしい」と願っている。

佐藤広一監督 「その先を考えさせる作品に」

 映画の撮影は廃業が明らかになった昨年4月から始まった。1年半近くにわたり、カメラを回し続けた佐藤広一監督(43)=天童市=は「撮っているうちに、丸八を中心にいろんな歴史、文化があったことに気付かされた」と語る。

 始まりは「なくなる前に撮らなければ」というシンプルな動機だった。国登録有形文化財だった蔵座敷や店舗、山形の食文化といえる漬物、映画祭の社交場として親しまれた空間、変わりゆく景観…。それらを掘り下げていく中で、「つぶれてなくなってそれでいいのか」と考えるようになった。特に解体作業が進む1週間、目の前で壊されていく建物を目の当たりにし、その思いは自身に響いたという。

 「なくなって残念だけでなく、その先を考えさせる作品にしたい」。映画では新関さんをはじめとする関係者の思いに加え、文化を受け継ぐ人々も映し出す。「こうなった背景を知ることで、見た人それぞれが自分たちの街のことを考えるきっかけとなればいい」と話した。

新関芳則さん
佐藤広一監督(製作委員会提供)