外見至上主義やSNSの中傷、芸能界の裏側…話題の映画『整形水』は現代社会の闇を炙り出すエンターテインメント作

「美しくなりたい…」誰もが抱く感情が、狂気へと変わる

新感覚ホラー『整形水』とはいったいどんな映画なのか? まずは気になるその内容をみていこう。

人気タレント・ミリのヘアメイクを担当するイェジは、外見へのコンプレックスを抱え、ミリからのパワハラに耐えていた。インターネットでミリを中傷することで憂さを晴らしていたイェジだが、出演したテレビでの醜い姿がネットにアップされ、逆に晒し者となる。

失意のあまり引きこもりとなったイェジに送られてきたのが、世間で噂の“整形水”だった。この水に体を浸せば、骨まで柔らかくなり、自分の顔や体を自由に変形させることができる。試しに顔を浸してみたイェジは見事に美女に変身。さらに“整形水”の送り主により、太った肉体もスリムに変えられる。

ソレと名を変えたイェジは、たちまちインフルエンサーとなり男性にもモテモテとなる。タレントにスカウトされ、新人俳優のジフンとの距離も縮まるなど、新たな人生を謳歌するイェジ。しかし、“整形水”に頼るあまり、イェジの行動は次第に常軌を逸していく。

『整形水』全国ロードショー中!©2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.

都市伝説は、ウェブ発信の時代に。『整形水』は最新型!

韓国では昔から親しまれてきた怪談がある。近年は恋愛ドラマの影響でイメージが変わったが、トッケビや九尾狐(クミホ)といった鬼や妖怪は、そもそも恐ろしい存在だったのだ。学校や軍隊では、定番の怪談話が継承されてきた。

しかし現在、韓国で恐怖の中心となっているのは都市伝説だ。実はコックリさんや口裂け女など、日本から伝わった都市伝説もある。一方で、現代の都市伝説は、ネットを通して広く浸透していく。中でもウェブトゥーン(ウェブマンガ)の果たす役割は大きい。

奉天洞(ボンチョンドン)を徘徊する女性の幽霊譚「ボンチョンドンお化け」は、ソウルで実際におきた事件をもとにしたという都市伝説を描き若者の間で広まった。同じ原作者による「オクス駅お化け」も映画化が決定している。

『整形水』も、ウェブトゥーンの人気シリーズ『奇々怪々』の一篇が原作。『奇々怪々』シリーズは、身の回りで起きる奇妙で不思議な出来事をオムニバス形式で描いたホラーマンガだ。日本の「世にも奇妙な物語」のように、心霊現象や都市伝説を題材に、背筋がゾッとする話が満載。韓国では10点中9.9という高い満足度を記録しており、日本ではLINEマンガで読むことができる。

顔につけるだけで美人になるという“整形水”の噂など、都市伝説的なアプローチから、やがて主人公のもとにある日、突然送られてくる“整形水”。観客も主人公とともに『整形水』の世界に引き込まれていく。

決して他人事ではない現代の闇。すぐ隣にある恐怖を描く

『整形水』の主人公イェジは、外見に強いコンプレックスを抱えるが、韓国では根強い外見至上主義の風潮が現在も進行中だ。『整形水』と同じくウェブトゥーン原作の「私のIDはカンナム美人」や「女神降臨」がドラマ化されたが、『整形水』は、こうした外見至上主義とルッキズムに警鐘を鳴らし、人気の変身ラブコメのアンチテーゼともなっている。日本でも『カンナさん大成功です!』があったように、共感できる部分が少なくない。  

また、主人公は美しいモデルに嫉妬し、ネットで悪口を書き散らす。容姿コンプレックスが心まで歪ませてしまったようだが、どこかで自分と重ね合わせてしまう人も多いのではないだろうか。韓国でも日本でも、ネットでの誹謗中傷は問題となっており、芸能人の自殺を引き起こし「指殺人」とも言われている。

一方で、ネットで誹謗中傷をくり返す若者たちにも深い閉塞感がある。

韓国は徹底した成果主義で、アイドルやスポーツ選手、実業家や政治家などを目指し、幼少期から英才教育を受ける。しかし、一流大学を卒業しても就職出来ないなど、途中で夢を諦め、深い挫折感の中で生きる若者も少なくない。社会で低賃金とパワハラにさらされ、仮想世界に逃避する主人公は、MZ世代(ミレニアル世代(80~96年生まれ)とZ世代(96年~15年生まれ)の総称)と呼ばれる若者たちの抱える、虚無感や敗北感を体現した存在ともいえるのだ。これは日本の若者にとっても他人事ではない。

『整形水』の恐ろしさの根底には、こうした外見至上主義やSNSの中傷、芸能界の裏側など、現代社会に潜む多くの闇が潜んでいる。数々の現代社会の闇をあぶり出しながら、エンターテインメントに昇華させている点でも大いに注目。アニメーションなのにどこかリアルで共感性抜群。韓国から届いた新たな恐怖を、心して体験しよう。


TEXT:菊池昌彦(アジア雑学ライター)

Edited:野田智代(編集者、「韓流自分史」代表)

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