湯川れい子さん お姫様育ちだった母の「冷や汁」…実はお姑さんから受け継いだ味【私のおふくろメシ】

© 株式会社日刊現代

湯川れい子さん(提供写真)

【私のおふくろメシ】

湯川れい子さん(作詞家・翻訳家・音楽評論家/85歳)

中森明菜やラッツ&スター、氷川きよしら歌謡曲からロックまで数々の作詞を手がけ、作詞家、翻訳家、音楽評論家としても知られる湯川れい子さんのおふくろメシは山形県米沢市の郷土料理、冷や汁。あまり料理をしなかったという母のとっておきの逸品だ。食料のない戦後から食べ続け、自身も作るようになった冷や汁は夏でも冬でもおいしく食べられる健康食!

◇ ◇ ◇

私の母は、生まれは仙台なのですが、先祖が米沢藩の人でした。父の方も代々、米沢藩でしたので米沢の料理である冷や汁を私はずっと食べてきました。

もともとは上杉謙信公の陣中料理だった説と、上杉鷹山公が行った一汁一菜の栄養価が高い食習慣から生まれた説とがある、歴史が古い郷土料理なんです。

汁ものではなくて野菜の冷たい出し汁漬けという感じの料理です。

いつも丼より大きな器に盛り、みんなが自分の器にとって好きなだけおかわりして食べていました。小さい時分から食卓に並んでいましたが、食べ物のない時代は具が少ないですから、戦後になってからの、少しずつ具が増えた冷や汁をよく覚えてます。

夏も冬も食べていました。冷やして食べますから夏はさっぱりしているし、冬でも東北は部屋を暖かくしているので、おいしく食べられます。

母が作ってる様子をよく見ていて、私も結婚後に作るようになったのでレシピはわかります。まず欠かせないのは干した貝柱と干しシイタケ。この2つで出汁を作ります。

それから凍みコンニャク。具はホウレンソウ、キャベツ、豆モヤシ、ニンジン。あと、冬には冬じゃないと手に入りにくい雪菜も入れます。アブラナ科で米沢によく見られる野菜。うちは春先には冷や汁には普通入ってないフキノトウも入れたり、季節感がありました。それと私が個人的に好きな枝豆も入れます。

■貝柱と干しシイタケの出汁

前の晩にお鍋いっぱいの水に干した貝柱と、干しシイタケも一緒に漬けておきまして、翌日には軟らかくなった貝柱を指でもみほぐし、シイタケは薄切りに。次に凍みコンニャクを水で戻す。水が濁ったら、何回も揉み洗い。水気を切って短冊切りにします。そして野菜を3センチ角くらいにザクザクと切ります。あとは何の準備もいらないんです(笑い)。

私は薄味が好みなので、出し汁にお醤油とみりんを、味見しながら少しずつ加えます。凍みコンニャクも入れて煮立て、5分くらい煮て火から下ろす。次にお野菜をサッと茹でたら水気を絞り、すぐに煮汁にお野菜を入れます。

煮汁がまだ生ぬるい間に入れた方が、野菜に味が染み込むと思います。

あとは冷蔵庫で、できれば一晩冷やした方がおいしい。貝柱を漬けるところからはふた晩ですけど、手間はかからないので本当に簡単。子供にもなかなか評判よかったですよ!

子供の頃は日常的に食べていたので気づかなかったですが、栄養のバランスがいいし、貝柱のお出汁が本当においしいと自分で作るようになって気づきました。

母はお姫様育ち、上京後は手料理を

実は母はお姫さまのような生活をしてきて、結婚後もお手伝いさんがいる暮らしでしたから、自分で料理をする人ではなかったんです。でも、海軍の軍人だった父が中国駐在している間などに姑さんから冷や汁を作らされたりしたようです。だから冷や汁はお姑さんから受け継いだ料理です。

米沢から東京に出てきてからは毎日、母の手料理で育ちましたが、サケを焼いただけとかイワシの塩焼きとか、簡単なお料理が多かった記憶があります(笑い)。物のない時代で、一汁一菜が当たり前でしたから、仕方なかったこともあるでしょう。そういう意味で冷や汁は手のこんだ料理でした。

他に母の料理で思い出にあるのは私がまだ結婚する前で、夜中まで原稿を書いたり、ラジオ番組の準備をしている時によく作ってくれた味噌おにぎり。

「お腹がすいたでしょ。ちょっと手を休めて、一緒に食べよう?」

■夜食の味噌おにぎりが楽しみだった

そう言って持ってきてくれたのは白味噌に近い合わせ味噌をまぶしただけで、普通のおにぎりの半分くらいの大きさの味噌おにぎりが2つか3つ。これがとてもおいしかったですね!

母もお茶を飲みながら一緒に食べるんですけれど、私が結婚する36歳まで母との夜食の時間が楽しみでした。

冷や汁は郷土料理なので山形の旅館などでもいただけると思います。今は特別な日にしか料理しなくなりましたので、そんな時には冷や汁も作ります。

(聞き手=松野大介)

▽ゆかわ・れいこ 1936年1月、東京都出身。作詞家・翻訳家・音楽評論家と多岐にわたって活躍。昭和歌謡からロックまで作詞を手がけた楽曲多数。「幸福へのパラダイム」(第10回日本文芸大賞ノンフィクション賞)など著書多数。