【高校野球】水たまりで打球が止まる…無念の降雨コールド、阪神園芸が球児に見せた親心とは

大会序盤屈指の好カードは降雨コールドゲーム成立で幕を閉じた【写真:共同通信社】

金沢健児施設部長は約30年間、甲子園での球児を見守ってきた

今年の夏の甲子園は台風接近や前線の停滞による長雨で、史上最多の6度の順延となった。第103回全国高等学校野球選手権の第5日に行われた大阪桐蔭-東海大菅生(西東京)は7-4、8回表途中での降雨コールドゲーム成立。土砂降りの2時間7分を選手のことを誰よりも思う阪神園芸のスタッフたちは一瞬もグラウンドから目を離さなかった。【市川いずみ】

甲子園の歴史の1ページに刻まれる戦いになった。敗れた東海大菅生のエース・本田峻也投手はぬかるむマウンドに何度も足を滑らせた。“神整備”として知られる阪神園芸でもお手上げの状態。阪神園芸・金沢健児施設部長は「このまま、最後まで試合をやったとしたら野球じゃないなと思った」。自分たちが目指すグラウンド状況とかけ離れていく様を見つめていた。

8月17日。天気予報には傘マークが並んでいたが、試合開始予定時刻の8時まで、雨は降っていなかった。天候不良が続いた今大会は、毎日のように朝5時半に阪神園芸、気象予報士、大会の運営担当者などが集まり気象レーダーを見ながら試合の開催可否について話し合った。この日も試合開始までに何度も議論が行われ、目まぐるしく変わる予報とにらめっこした。主催者側は開催を決め、午前7時59分にプレーボールがかかった。

土砂降りの甲子園で記憶に新しいのは2017年10月15日に行われたプロ野球クライマックスシリーズの1stステージ・阪神-DeNAだろう。断続的に雨が降る中、プロ野球選手たちが泥にまみれながら戦ったあの試合だ。

4時間35分にわたる試合は9回まで行われ、DeNAが13-6で阪神を下した。あの日の試合と8月17日のグラウンド状況を金沢さんに比較してもらうと「スタート時点ではあの時と同じ状況やなと話していた」と振り返る。悪天候予報の為の対策はもちろん十分に行っていたが、大きく違ったのが「上からの降り方」だった。

「DeNA戦の時は元々、試合中の予想が弱い雨の降り方で、それが思ったよりも降ったかなという程度。でも、大阪桐蔭と東海大菅生の時は比べ物にならないくらい降っていた」

試合途中までは同じグラウンド状態だったのが、降り続く雨量が多かったため「どうしようもない」状態だったという。さらに金沢さんが感じたのは打球の違いだ。

遊ゴロが雨のグラウンドで“ピタリ”と止まる異様な事態に当事者は…?

「クライマックスシリーズの時は滑ったりはしていたけど、内野ゴロが止まったりはしなかった。でも今回はボールが止まっていたでしょ?」

実際、試合は8回一死1塁で東海大菅生の本田が遊撃への内野安打を放って、中断された。捕球した大阪桐蔭の遊撃手・藤原夏暉が「ビックリしました。逆シングルでとりに行こうと思ったんですけど全然来なくて……。ボールが止まってしまったんでもうどうしようもないなって思いました」と振り返ったように、本田の打球はピタリと止まった。「このまま最後まで試合をやったとしたら野球じゃないなと思った」。30年以上、グラウンドを見守ってきた金沢さんにとっても初めての経験だった。

「プロ野球選手だと自ら『ちょっと投げにくい』と審判に言えるけど、高校生はなかなか言えない。なので、こちらから審判に『ちょっと滑っているから5回(の整備時間)じゃなくても、砂をいれましょうか?』と言って、砂を入れに行ったりはしていました」

取材中、金沢さんが何度も口にしたのが「球児ファースト」という言葉だった。球児が躍動するグラウンドを整える一方、その夢舞台で怪我をしないかが1番の心配事だ。

「ピッチャーがバランスを崩すと、怪我につながる可能性があるから、とにかく投げるのを見ていた。バッターも滑ると危ないのですぐに砂を入れたりしましたね」。

30年以上、球児を見守ってきた金沢さんの“親心”が裏側にあった。

この試合についてはネット上で非難の声が相次いだ。しかし、今回、阪神園芸を含めた大人たちが戦った相手は誰にもわからない自然だった。連日、4時間睡眠で夜中には何度も目を覚まして天気予報を確認した。その中で球児にとっての最善を考え、行動した人たちがいたことを忘れてはいけないと感じた。(市川いずみ / Izumi Ichikawa)

市川いずみ(いちかわ・いずみ) 京都府出身のフリーアナウンサー、関西大学卒。元山口朝日放送アナウンサー時代には高校野球の実況も担当し、最優秀新人賞を受賞。NHKワースポ×MLBの土日キャスター。学生時代はソフトボールで全国大会出場の経歴を持つ。

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