「大樹の人」逝く

 「コロナが広まってから、生活に季節感がないように思う」「年中行事とか祭りがなくなったからかな」…。最近、身近に交わした会話だが、同じ思いの方もいらっしゃるだろうか▲季節を感じさせるのは、毎年恒例の風物に限らない。例えば精霊流しの夜、テレビから流れるあの方の長崎弁の名解説は盆の終わりを感じさせた。生き生きと長崎くんちを語る口調は、祭りに高ぶる心をますます高揚させた▲面識があってもなくても、これほど県民から「先生」と親しまれた方はまずいないだろう。長崎学の発展に尽くした郷土史家、越中哲也さんが99歳で亡くなった▲十数年前だが、まるで違った歴史を持つ長崎と佐世保とで、どんな接点が持てるのでしょうか、と取材で尋ねたことがある。答えは「研究者がもっと交流を深めていい」。違うからこそ学び合える、と。ご自身も数々の史家と出会い、導かれたと常々、語っていた▲戦争では学徒動員され、福岡県の部隊で原爆投下を知った。「軍隊は人間らしさを失った世界」と本紙に語っている。柔和な語り口と平和への思いとは、底でつながっていたのかもしれない▲知識や好奇心という枝葉を四方八方に広げ、その下に人が集まる、いわば「大樹の人」だったろう。次代に芽吹く種を宿した、木の実の降る音がする。(徹)


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