〈朝鮮経済トレンドウォッチ 1〉進化する朝鮮の農業 科学農法による多収穫への取り組み

かつて東京大学の農学博士をして『一国の農業は斯くありたい』(川田信一郎著、農山漁村文化協会、1985年刊)という書物を執筆せしめた朝鮮の農業は、90年代に大きな痛手を負うことになった。幾重にもかさなる困難のなかで大規模な土地整理と自然流下式水路の建設等によって農業再生のインフラを築き、農民の役割を高めるべく管理方法を革新するなどの諸施策によって朝鮮の農業は着実に回復し、近年では科学農法による多収穫への取り組みを徹底することで新たな境地を開拓しつつある。農業生産、特に穀物生産拡大に向けた近年の取り組みの一端を紹介したい。

最高生産年度の突破

朝鮮労働党第7回大会から5年の間に、穀物生産高において過去の最高水準が2度にわたって更新された。

2017年4月の最高人民会議における内閣活動報告で、当時の朴奉珠総理が16年を振り返って「穀物生産で最高生産年度水準を突破する誇らしい成果」を収めたことを明らかにしたのが1度目だ。

2度目は党中央委員会第7期第5回総会(19年12月)で金正恩委員長が「今年、農業で最高収穫年度を突破する前例のない大豊作がもたらされた」と明らかにしたことである。

当時はともに生産高が示されなかったが、朝鮮農業省がUN人道問題調整事務所(OCHA)に報告したところによると、16年は約590万トンで19年は約665万トンにのぼる。

これらの数字は、ここ数年来UN機関(WFP、FAO)が食糧需要と見なしている約430万トンを凌駕しているとともに、19年の生産高は2010年代初期に朝鮮自らが内々に目標としていた数値をもクリアしたものと見られる。

出所:朝鮮農業省がUN人道問題調整事務所(OCHA)に報告した数値をもとに筆者が再構成

加えて今年は、前作の小麦が豊作であった。咸鏡南道高原郡の巴(ウプ)、上山(サンサン)、文下(ムンハ)の協同農場などで1ヘクタール当たり8トンの小麦を収穫するなど、全体で160余の農場、1760余の作業班、7040余の分組、4万2870名の農場員が多収穫を達成した。

農業発展の5大要素

現在の農業政策において重視されているのが「農業発展の5大要素」である。

第1に、種子革命方針を徹底的に貫徹することが謳われている。「種子を制すものは世界を制す」と言うが如く今や種子は食糧問題のカギを握る存在である。

昨今の朝鮮では、干ばつに強い、塩分に強い、さらに冷害、風害、病虫害などに強い品種など、様々な条件に適応した多収穫品種の開発が進められている。

例えば朝鮮人民軍傘下の1116号農場が開発したコメの新品種「陸稲24」号やトウモロコシの新品種「ピョンオク9」号などが有名で、その名付け親である金正恩委員長によると「ピョンオク9」号は、風雨によく耐えるだけでなく生育期日も短いので穀物対穀物の二毛作にも非常に適しており、「収穫高は既成観念を超越する」そうだ。

第2に、科学農業第一主義のスローガンをかかげ農業を科学化、デジタル化、機械化することである。「凍結解凍覚醒法」によって雪国でバナナの栽培が可能になった日本の例もあり、科学農業の可能性は果てしない。

朝鮮では新たな栽培法を取り入れた多収穫の実現に注目が集まっている。生育の初期段階に水と肥料をあえて少なく与えることで、干ばつへの耐性を強め肥料の吸収効率をあげる「稲強化栽培法」がその一例である。この栽培法で1ヘクタール当たり10トン以上のコメを収穫した農場の経験が多数報告されている。またトウモロコシの「複数株寄せ植え」や「円型栽培方法」などの導入で多収穫を達成したとする事例も多い。

第3は、新たな耕地の獲得である。10万ヘクタールの干拓地を新たに開墾し、その他に土地整理や流失した耕地の復旧などでさらに10万ヘクタールの農耕地を獲得するのが目標だ。直近では先月、8千ヘクタール規模の安石干拓地(平安南道)の完工が報じられている。

第4に、低収穫地での穀物の増産を図ることである。痩せた土地だとして半ば放置されてきた低収穫地に増産の大きな余地を見出したのである。

19年1月の農業部門総括会議では、かつてヘクタール当たり1トンしか収穫できなかった耕地で12トンの穀物を収穫したことが紹介された。「穀物」とだけ紹介されたが「円型栽培法」を導入した点からして、トウモロコシであろうと推察される。

なお低収穫地での増産経験でしばしば登場するのが「シンヤン2」号複合菌による発酵堆肥や生物活性肥料「更生1」号などの有機質肥料の効果だ。また栄養成分が一般堆肥の10倍に匹敵する穀物生育促進剤「キリム1」号、発芽率を高め各種病害を予防し干ばつと冷害への耐性をも高める種子被覆剤「キリム2」号など、「キリム」シリーズの評価も高い。

最後に、農場員の主人としての役割を高めるために党の指導を強化することが指摘されている。労働に応じた分配の堅持、圃田担当制の偏向のない実施によって農民の意欲を刺激することも党組織による重要な政策的指導の一部である。

「5大要素」の核心は科学農業にあると言ってよいであろう。だが長年の経験と勘、固定観念から脱却して科学農法を取り入れるのはそれほど容易でない。さらに協同農場責任管理制のもと、栽培する作物の品種と栽培法、肥料と栄養剤などの選択においても農場の権限と責任はさらに強化された。

全農場を網羅する科学技術普及システムの構築、先駆的農場間の多収穫競争による実践的結果からの学び、頻繁に行われるようになった農業部門の講習会や経験交換の機会など、地道な取り組みを重ねることで農場と農民みずからが決断して導入した科学農業は、着実に農民自身のものになりつつある。

平安南道文徳郡の農場。台風被害を克服し、収穫の最大化に努める(労働新聞2020年10月1日付)

今年は、度重なる台風で農作物の被害も少なくないであろう。しかし、冠水した田畑の水を抜き、倒れた作物を起こして被害を最小化するとともに、葉と実を洗浄、殺菌して乾かし、茎葉に追肥を噴霧して生育を回復させる科学的な手立てを素早く講じる果敢な姿に例年との違いが感じとれる。

作物の出来を天候や土地のせいにしない、これからの科学農業が求める新たな境地である。

コラム・経済政策まめ知識

「農業保険」の登場

社会主義企業責任管理制のもとで企業には経営上の権限が与えられると同時にリスクにも備える必要が生じた。これも保険需要の一つとなって、火災・技術・信用保険などを専門とする北極星保険会社(2016年8月)、海上・航空保険に特化した三海保険会社(同年10月)、不動産・技術・海上保険などを扱う再保険専門の未来再保険会社(17年10月)が相次いて登場した。

農業においても協同農場責任管理制が導入されたことを受けて、北極星保険会社は、設立翌年に主として稲、トウモロコシ、ジャガイモを対象に農業保険を扱い始め、18年から果樹農場、養殖場、工芸作物にも対象を拡大した。農業保険の引受保険料総額は17年の9億2700万余ウォンから13億9500万余ウォン(19年)に増加している。同社では保険に対する農場の様々な需要に応じて今後、農作物気象保険と家畜保険の導入も予定している。

(姜日天・在日本朝鮮社会科学者協会副会長)

※2020年10月脱稿

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