ユーラシア大陸自動車横断紀行 Vol.23 〜カルディナとの再会〜

2005年4月10日。南フランスでの仕事を終えた金子氏は、一人でロンドンへと向かった。その目的は、1年半ぶりの再会にある。東京を出発してユーラシア大陸を横断、ロンドンまでともに走り抜いたカルディナが、まだそこにあったからだ。
文:金子浩久/写真:田丸瑞穂(道中ショット)、永元秀和(藤原氏と同氏のオフィスショット)
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

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ユーラシア大陸自動車横断紀行 Vol.22 〜ユーロトンネルを抜けた先〜

ロンドン市内からほど近い地に、藤原氏のオフィスはある。その駐車場で、久しぶりにカルディナとの対面を果たした金子氏。車両を日本へ持ち帰ることはコスト的に難しかった。

ユーラシア大陸横断から18カ月 いまだイギリスの地にあるカルディナ

南フランスでレクサスGS430を試乗した帰りに、ロンドンに寄った。18カ月前に東京からロカ岬まで走ったカルディナの様子を見に行くのだ。カルディナはロカ岬からパリ経由でロンドン入りしたことは 前号 に記した。

そもそも、なぜ、僕はカルディナというクルマを選んでロンドンに向かったのか?

これには少し説明が要るだろう。

2003年8月、ユーラシア大陸横断中のシーン。場所はロシア東部のスコボロディノ。この付近は道路の状態があまりにも悪く、ここから約1000km西方にあるチタまでは列車に載せて移動させることにした。悪路走行で汚れたカルディナを洗うためにやってきた川辺。夏だが水は驚くほど冷たかった。

まず、旅の準備段階で「乗って行ったクルマをどうするか」ということは、最後まで答えが見付からない大きな問題だった。

船で日本に送り返すのか。

それとも、ヨーロッパで売るなり譲るなりするのか。送り返す場合の費用の目安はイギリスの友人に問い合わせて、すぐに判明した。

ヨーロッパからの通関手数料、船賃、日本の港での通関料、およびそれらの代行手数料などが掛かる。直行便かどうか、専用船かどうかによっても値段は違ってくる。約1カ月後に横浜で受け取ると仮定すると、安くはなかった。450米ドル+税金50ポンド+ロンドンと横浜でのそれぞれの通関手数料金。10万円以内では収まらない。

でも、受け取って、どうするんだ。東京で乗るのか。

田丸さんは、仕事にも家族サービスにも活躍しているレガシィ・ツーリングワゴンを買い替えたばかりだ。僕は、TVRグリフィス500を手放したばかりだから、ちょうどいいかもしれない。

でも、どんな路面状況かわからないロシアの道を3人分の荷物を満載して走ったクルマだし、これから探さなければならない中古のカルディナがどんなコンディションにあるかもわからない。

だいいち、独身の自分の暮らしには、カルディナじゃなくたって、ステーションワゴンは不要だ。

そう思うとゲンキンなもので、カルディナを船に載せて日本に送るプランは急速に萎んでくる。カルディナには可哀想だけど、ヨーロッパに置いてこよう。予算の節約にもなる。田丸さんと相談して、そう決めた。

そのことも、イギリスの友人に国際電話で相談した。

「カネコさんさぁ、いったい、何を企んでいるんですか? ちゃんと、全部話して下さいよ」

2003年の夏に別れを告げてから1年半。ユーラシア大陸を横断したカルディナは、ロンドン郊外の地でまだ静かに佇んでいた。

目の前が明るくなった 英国在住の友人の一言

持つべきものは友達である、とはよく言ったものだ。僕は、東京からロシア経由でロカ岬まで走っていく旅を計画していることを友人に初めて打ち明けた。

「それは、スゴい! よくわかりました。もし、無事にロンドンまで辿り着いたら、ウチに好きなだけ泊まって下さいよ。クルマは、僕がイギリスのナンバー取りますよ。いつでも乗れますよ」

この言葉に、どれだけ勇気付けられたことだろう。

オフィスと何台もの車両が駐車できるヤードを備えた「B-REV」。イギリスで自動車販売業を営む藤原功三氏は、学生時代に渡英してそのまま現地に居を構えることにしたという方である。

ロンドン在住の藤原功三さんは、彼の地で「BREV」という自動車販売業を営んでいる。僕らは、彼のプロの知識と友情に助けられたわけである。

功三さんからは、カルディナを日本に送り返すことの他に、イギリスで中古車として売るなり、分解して部品として販売するという処分方法もあることを教えられた。

「ロンドンに着いてからの、クルマの再登録のことは僕に任せてくれて構わないから、とにかくカネコさんは安全にヨーロッパまで辿り着くことだけ考えて旅してきて。途中、ロシアやヨーロッパで何かあったら、いつでも電話して下さい」

実を言うと、功三さんとは、以前に取材の手伝いをお願いしたことがたった一度あるだけという間柄だった。その翌々年、「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で偶然再会し、図々しくも電話してみようという気になったのだ。

この時の国際電話で、目の前が一気に明るくなった。旅の目的地に近いところに、友人がいてくれるというのは、心強いものだ。

その後、中古車情報誌に掲載されていた7AFE型エンジン搭載のカルディナを横浜まで買いに行き、僕らの態勢は整った。

無事にロンドンに到着し、カルディナを功三さんのオフィスに預け、僕は飛行機で帰国した。

日本に帰り、外して持って帰ってきたカルディナのナンバープレートを練馬陸運事務所に返却し、抹消登録手続きを行った。その証明書を功三さんに送り、彼はそれを以てカルディナをロンドンで登録するはずだった。しかし、そうはいかずに、カルディナは功三さんのオフィスの敷地から一歩も出ることはないというメールをもらった。このままでは、登録ができないないのだという。

メールでは埒が明かないので、ロンドンに寄って直接確かめてみることにしたのだ。ヒースロー空港のハーツレンタカーで借りたフィアット・スティーロで、功三さんの家に向かう。モータウェイのM25を北上し、19番出口で降りて、ロンドン方面へ進む。少し迷ったが、見覚えのあるラウンドアバウトを回って、功三さんのオフィスに着いた。

イギリスでの再登録は費用の面で難しかった

18カ月ぶりに会った功三さんは奥さんともども以前と変わらず元気だったが、オフィスの前の駐車場と隣の様子が一変していた。駐車場には、売り物の中古車が一杯だ。

「これ全部、オートのクルマ」

イギリスに限らず、ヨーロッパではトランスミッションは高級車以外はマニュアルが圧倒的に多いというのが僕らの了解だったが、最近のイギリスではオートマチックが急速に普及し始めてきているのだという。

「オートは燃費が悪いって、ずっと思われてきたんだけど、最近のクルマはそれほどでもないことがようやく知れ渡ってきたんです」

隣の敷地はリムジンサービスの会社で、ロールスロイスやリンカーンのストレッチリムジンが停まっていた。だが、今は大型トラックばかりだ。中古トラック販売業者が引っ越してきたのだ。この業者が、カルディナに新しい展開をもたらすことになるのだが、まずはカルディナがナンバーを取得できないことからお伝えしたい。理由は、底が大きく凹んでいるガソリンタンクだという。

「イギリスでは、製造から10年未満のクルマは“SVA”という検査に通らないと、ナンバーを取得できないんです。カルディナは大きく凹んだガソリンタンクを取り替えないと、これに通らないことがわかったんですよ」

SVAというのは、Single Vehicle Approvalの頭文字を取ったもので、安全運転基準検査だ。中古で並行もしくは個人輸入されたクルマを登録するには、必ずパスしなければならない。

「タンクの安全性の他にも、様々な項目がチェックされます。ガソリン車の場合、無鉛ガソリン用の細いノズルへの対応、スピードメーターのマイル表示、サイドマーカーの装着なんかもチェック対象です」

我がカルディナは、シベリアの極悪路の岩で激しくヒットした凹みを問題視された。

ロシアを走行していた時のワンシーン。ニジニ・ノブゴロドの東にあったカザンという街を過ぎた所で、川を渡るためにフェリーへ乗船した。モスクワまであと500kmほどという地点でのことだった。しかし結局、モスクワには寄らずにサンクトペテルブルクへと直行した。

「それだけじゃないんです。このクルマ、エアバッグを取り払っているでしょう。あれも、元に戻さなくちゃSVAは通らないんですよ」

SVAを通すためには、ガソリンタンクとマイル表示のスピードメーターへの交換、サイドマーカーの装着に加えて、エアバッグの復活まで行わなければならない。目論見と大違いだ。功三さんにおおよその費用を見積もってもらうと、メーターの交換とサイドマーカーの装着にSVAのテスト代で、まず500から600ポンド。タンクが中古で100ポンドに、工賃。新品なら500ポンドもする。ここまでで合計1000ポンド以上掛かってしまう。今の為替で21万円だ。さらにエアバッグ代と工賃が加算される。

「コストパフォーマンス悪すぎでしょう」

その通り。ただ、日本なら車検を通すことすら考えられず、即、廃車にされるところを、ロンドンでは店頭価格で1500から2000ポンドの相場が形成されている。それに照らし合わせての功三さんの冷徹なプロの判断だ。

功三さんも困っていたところに、隣に越してきた中古トラック業者が話し掛けてきたそうだ。

「そのカリーナEエステートは、そのうちナンバーを取るのか?」

聞けば、このトラック業者は中近東やアフリカに中古大型トラックを輸出しているという。その荷台を空で送るのはもったいないから、中古バイクや古タイヤなどを満載してトラックを輸出するのが、発展途上国向きの常識になっている。日本からロシアや北朝鮮へ輸出されるトラックと同じパターンである。

「このカプリも、後ろのボルボ・トラックに積まれていくそうですよ」

同じ左側通行のケニアやウガンダがカルディナの輸出先になりそうだ。アフリカならば、イギリスのSVAのような厳しい規制は存在しないから、彼の地で活躍の途が開けることは間違いないと功三さんは太鼓判を捺す。カルディナには、第三の人(車)生が用意されそうだ。果たして、今度はどんな人が乗ってくれるのだろうか。
(続く)

最近、「B-REV」の隣に引っ越してきたのが中古トラックの販売業者。ずらりと並ぶ大型トラックはすべて中古車で、中近東やアフリカへと船積みされるのを待っている。懐かしいフォード・カプリも、トラックの荷台に積まれて送られるのだ。

金子 浩久 | Hirohisa Kaneko
自動車ライター。1961年東京生まれ。このユーラシア横断紀行のような、海外自動車旅行を世界各地で行ってきている。初期の紀行文は『地球自動車旅行』(東京書籍)に収められており、以降は主なものを自身の ホームページ に採録。もうひとつのライフワークは『10年10万kmストーリー』で、単行本4冊(二玄社)にまとめられ、現在はnoteでの有料配信とMotor Magazine誌にて連載している。その他の著作に、『セナと日本人』『レクサスのジレンマ』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『力説自動車』などがある。

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