苦境のペルシャじゅうたん、「座布団」で打開狙う? 米制裁、コロナ…イランが期待する市場とは

座布団サイズの日本向け「ギャッベ」を手にするゾランバリ社のモハンマド・ジャファリさん(左)=6月、テヘラン(共同)

 反米保守強硬派のライシ政権が8月に誕生したイランで、伝統工芸のペルシャじゅうたんが苦境に陥っている。豊臣秀吉が愛用した陣羽織に用いられたと伝わるじゅうたんは、羊毛や絹を美しく織り込む芸術品で遊牧民文化に由来する。近年は米国による経済制裁に新型コロナウイルス感染症の流行が重なり、深刻な打撃を受けた。打開策として一部の職人が生産に力を入れているのが、日本の「座布団サイズ」のじゅうたんだ。伝統を揺るがす“じゅうたん競争”の背景を探った。(共同通信=高山裕康)

 ▽最大顧客を喪失

 夏の風が吹くイランの首都テヘラン。国際空港の近くにあるじゅうたん業ゾランバリ社の工房を訪問すると、床一面に約40センチ四方の小さなじゅうたんが打ち付けられていた。素朴な風合いのじゅうたんの一種「ギャッベ」のしわを伸ばす仕上げ作業だ。同社の営業担当モハンマド・ジャファリさん(43)は「こちらはミニ・ギャッベと呼んでいます。ほとんどが日本向けです」。部屋が小さい日本で、座布団のように1人で座ったり、小ぶりの飾りとして用いたりすることを想定している。

座布団サイズの「ギャッベ」をゾランバリ社で確かめる女性=6月、テヘラン(共同)

 ペルシャじゅうたんは、16世紀の「アルダビールじゅうたん」が最高峰の芸術品として英ロンドンの博物館で展示されるなど、欧米で価値が再発見されている。ゾランバリ社のかつての最大顧客は米国で、売れ筋は24平方メートルほどと大きく、絢爛(けんらん)豪華な柄の製品だった。富裕層の邸宅向けを想定し、派手好きの顧客に好まれるものだった。しかし「米国による制裁のため、米国に売れなくなりました」とジャファリさんは明かし、「今は6割が日本向けで、米国向けとは正反対の柄や大きさですね」と苦笑する。日本の顧客の好みに合わせ、緑や茶色などの控えめな柄に力を入れていると説明した。

 ▽追い打ち

 核開発問題を巡り、米国と激しく対立してきたイラン。じゅうたんは代表的な産業だけに、対米関係に翻弄(ほんろう)されてきた。オバマ米政権時代の2015年にイラン核合意が結ばれた際は欧米との関係改善が一時的に進み、世界への輸出額は年3億ドル(約330億円)を超えた。だが、18年にトランプ政権は核合意を離脱し緊張が再燃した。じゅうたんの対米輸出は禁じられ「売り上げと仕上げ職人の数が半分以下になった」とジャファリさんは嘆く。

 そこへ追い打ちをかけたのが20年からの新型コロナの感染拡大だ。イランは中東で最初に感染が爆発的に広がった。イランの販売業者と国外の買い付け業者との対面交渉が不可能になり取引を妨げた。

 テヘランの古いじゅうたんバザールも閑古鳥が鳴く。アリ・ジャハンさん(55)の販売店に以前は中国やロシアから月50人ほど外国人の買い付け業者が来ていた。それが今は「ゼロだ」とジャハンさんはため息をついた。同じバザールのレザ・ガンジーさん(77)も「輸出はあきらめ、イラン人の顧客を待っているだけ。外交に影響される商売だよ」と話した。

テヘランのバザールで、伝統的なペルシャじゅうたんを見せるアリ・ジャハンさん=6月(共同)

 一方、じゅうたんの製造で重要な手織り作業は農村の女性の大切な内職だ。女性らは2カ月ほどかけて1メートル四方のじゅうたんを編むという。地方の女性らの内職も激減しているのは確実で、技術の伝承が困難になる恐れも出ている。

 ▽争奪戦

 手織りじゅうたんの文化はシルクロード各地に残っており、“ライバル”ペルシャじゅうたんの売れ行きを注視している。インド北部のカシミール地方にはイスラム教徒が多く、ペルシャ文化の影響を受けたカシミールじゅうたんが製造されている。同地方の中心都市スリナガルの業者は「イラン制裁が強化されれば、同じようなじゅうたんが欲しいと顧客がこちらに来る」と歓迎していた。

インド北部スリナガルでカシミールじゅうたんを織る職人=2017年(共同)

 トルコもじゅうたん文化で有名だ。最大都市イスタンブールのじゅうたん輸出協会のギュレリ理事は「トルコの地方は近代化が進んで織り手が減っているため、生産に限界がある」としつつ、好機だと認めている。

トルコ・イスタンブールでトルコじゅうたんを見せるギュレリ理事=8月(共同)

 ▽ブランド力

 こうした中、“座布団”に力を入れるゾランバリ社のように、ペルシャじゅうたんにとって日本の重みは増している。関係者によると、米国の制裁により貿易は難しいものの、物々交換や暗号資産(仮想通貨)を使うなどした制裁に触れない形での対日輸出は継続している。イランのメヘル通信は、今年3~5月の輸出先三十数カ国の中で日本とドイツがトップクラスだったと伝えた。

 ペルシャじゅうたんがシルクロードのライバルと比較して優位なのが、伝統に基づいたブランド力だ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)はイランのファルス地方とカシャーン地方のじゅうたん織りの技法を無形文化遺産に選んでいる。

 京都・祇園祭のハイライトとなる山鉾(やまほこ)巡行で、来年夏に約200年ぶりの復帰を目指す「鷹山」の準備が進んでいる。この装飾にもペルシャじゅうたんの新調品が使われる。入手に協力した販売店ミーリーコレクション(東京都)のソレマニエフィニィ・アミールさんは「イラン女性らが織り、イランの客が長い歴史で育ててきた文化です」とその価値を説明した。

 (年齢はいずれも8月時点)

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