目覚めた逸材がサイクル安打 好調ヤクルトの塩見泰隆外野手

巨人戦の6回、サイクル安打を達成後に村上の適時打で生還し、ナインとタッチを交わすヤクルト・塩見=東京ドーム

 プロ野球のヤクルトが快進撃を見せている。

 9月27日現在、セ・リーグの首位に立ち、2年連続最下位からの優勝もあり得る好位置をキープ。ファンならずともその動向から目が離せない。

 阪神を抜いてトップに躍り出たのは9月22日、DeNA戦のことだった。

 チームは最大の試練とも言うべき10連戦の最中。ここで投打がかみ合い「負けないヤクルト」の強さが発揮される。

 首位に躍り出る前も、首位に立ってからも不敗の進撃は続き、なんと7勝3分け。9月の月間成績は12勝6敗5分けだから、この位置にいるのもうなずける。

 躍進の立役者は何人もいるが、塩見泰隆(28)の活躍を忘れるわけにはいかない。中でも多くの注目を集めたのが9月18日、巨人戦で記録した「サイクル安打」である。

 初回いきなり右前打を放つと第2打席では右中間フェンス直撃の三塁打。続く4回には右越え本塁打を放つと次打席では左翼線に二塁打を放って快記録を達成した。プロ野球史上71人目の快挙だった。

 俊足強肩の外野手として定評はあったが、今季は1番打者として成長、持ち前のパンチ力にも磨きがかかったからこそのサイクル安打達成だ。

 開幕以来、3割近い打率はチームトップ、20盗塁もリーグ3位とツバメ軍団を引っ張る。村上宗隆、山田哲人の両主砲の活躍に目を奪われがちだが「1番・塩見」を固定できたことが現在の躍進につながっている。

 2017年のドラフト4位で社会人JX―ENEOSから入団した。当時の斉藤宜之スカウトの塩見評が興味深い。

 「野生児のようなバネがある。走攻守三拍子そろった外野手。守備範囲が広く、打撃はリストが強くパンチ力もある。1年目からレギュラー奪取に期待」

 多くの部分を的確に言い当てているが、最後の部分だけは違っている。レギュラーポジションの獲得までは4年かかった。

 塩見には、かつて「ファームの番長」というレッテルが貼られていた。スカウトの評価通りに足は速い、バッティングもパンチ力があり素材は一級品。事実、入団1年目のオフに派遣されたアジアパシフィックリーグでは最優秀打者賞を獲得している。

 2年目にはイースタン・リーグの7月月間MVPに耀き、16本塁打は2位の好成績を残している。それでいて、1軍に呼ばれると結果が残せない。ようやく「5番・中堅」で開幕出場を果たした昨年も故障と打撃不振に悩み、わずか43試合の出場にとどまっている。

 「番長」らしき片鱗はアマチュア時代にも見られる。

 中学時代に所属した神奈川・海老名シニアの飯塚良二監督は「本能で野球をやっていた感じ」と語り、強豪の神奈川・武相高では気持ちが乗らないと全力疾走をしなかったという。

 帝京大に進んでも、判定を不服としてヘルメットを投げつけたという不名誉なエピソードが残っている。

 運動能力抜群のアスリートだからそれでも通用したが、プロの壁は厚い。1軍で、なおかつレギュラーとして認められるには、さらなる覚醒が必要だった。

 肉体面を鍛え直し、打撃では先輩の青木宣親の教えに耳を傾けて成長した。「右方向に打球が飛ぶときは調子がいい」と言う通り、サイクル安打の4本中3本が右への安打。広角打法を身につけた今季は、これまでとは一味も二味も違う。

 村上、山田の破壊力が売り物だった打線に厚みが増した。ホセ・オスナ、ドミンゴ・サンタナ両外国人の加入で前後が強化される。加えて昨年はレギュラーの座すら奪われていた中村悠平が打っても3割近い働きで貢献。ここに塩見が不動の1番打者として座れば、見違えるようなチームに生まれ変わるのも当然だろう。

 当面のライバル、阪神との優勝争いは最終盤まで続くことが予想される。3位の巨人にも逆転のチャンスは残されている。

 一つの引分けが勝率に響く「厘差の戦い」は、史上まれに見る混戦のペナントレースを演出している。

 塩見にとっても試練の日々が続く。そんな状況下でプレッシャーをはねのけて実力を発揮できれば、6年ぶりのリーグ制覇が見えてくる。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

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