評価の高い『空白』7年ぶりの主演・古田新太 代表作の呼び声 店長・松坂桃李を追い詰める

2021年もコロナ禍から脱出する事はできず、映画界は足が遠のいてしまった観客を映画館へ戻すことを模索しながら宣伝活動を続けています。さらに緊急事態宣言により、昨年と今年で公開延期となった作品が続々と公開される秋、早くも本年度の映画賞を席巻しそうな作品たちが顔をそろえたようにも見受けられます。その理由は、今年開催される第34回東京国際映画祭で特集企画第1弾として監督作品が上映されることになった𠮷田恵輔監督の最新作『空白』に対する評論家やライターなどの高評価の声からです。

本作は、𠮷田監督による完全オリジナル脚本であり、万引未遂の最中に事故で命を落とした娘の父親・添田(古田新太)が、原因を生んだスーパーの店長・青柳(松坂桃李)を追い詰めていく中で、娘の死に関わった人々の人生をも変えてしまうことに気付く人間ドラマであり、7年ぶりに主演を務めた古田新太の代表作との呼び声も上がっています。しかも『彼女がその名を知らない鳥たち』、『娼年』、『孤狼の血』、『新聞記者』と、近年の映画賞で主演男優賞、助演男優賞の常連になりつつある若き演技派・松坂桃李が精神的に追い詰められていく店長を肉体も使って見事なまでに体現、そんな店長を守ろうとする正義感の強い店員・草加部に『赤目四十八瀧心中未遂』と『ヴァイブレータ』『キャタピラー』などで国内外の映画賞に輝く寺島しのぶを迎え、どの登場人物の人生も見捨てない脚本を𠮷田監督は書き上げました。

実は今年、日本の映画賞に名が上がるのではと予測される映画は、監督によるオリジナル脚本の作品ばかりであり、作品賞はもちろん、監督賞も激戦になるのではと言われています。実際問題、原作ありきの映画の方がその後の興行収入を予測でき、映画化しやすいのですが、ネットの評価や口コミなどにより、単なるヒットではなく、以前よりも監督の才能に注目が集まりやすくなっています。

特に今年公開作で評価が高い作品を挙げると、1月に公開された綾野剛主演のヤクザの絆と半生を描いた『ヤクザと家族 The Family』は、藤井道人監督によるオリジナル脚本。コロナ禍で窮地に立たされるシングルマザーを尾野真千子が演じた『茜色に焼かれる』と、韓国で人生を模索する兄弟を池松壮亮とオダギリジョーが演じる『アジアの天使』という2作品はともに石井裕也監督のオリジナル脚本です。

それだけでなく、役所広司主演による『すばらしき世界』は、直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説を見事なまでに物語として書き換えたほぼオリジナルと言える西川美和監督による脚本であり、本年度カンヌ国際映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短編小説を濱口竜介監督が3時間に及ぶストーリーとして世界観を広げて書き上げた脚本なのです。そして『空白』の𠮷田恵輔監督は、本作以外にも今春公開で『BLUE/ブルー』というボクシング映画をオリジナル脚本で作り上げています。

実は『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールを受賞し、世界的に評価され是枝裕和監督はもちろん、世界で影響力ある監督の一人と言われる黒澤明監督も脚本を書けた人物。当たり前のことですが、どの国の映画賞も個人の作家性や才能を評価するために各部門に細かく分かれています。

けれど日本では日本アカデミー賞に脚本賞の部門はあるものの、まだまだ脚本賞を持たない映画賞も多く、脚本も書ける監督に監督賞が与えられることが多い状況です。そうなると脚本家にスポットライトが当たらず、結果的に脚本家の育成にもつながらなくなります。

映画にとって脚本は全体の地図であり、とても重要な役割を果たす存在です。もちろん脚本が書ける監督は重要ですが、日本映画全体のクオリティーを上げるには脚本家の育成が鍵。その一つとしてもっと多くの映画賞に脚本賞を設置して、脚本家の地位を高めることも必要な気がするのです。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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