吉川明日論の半導体放談 第200回 IntelがサーバCPUを値下げ? その背景を考える

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つい最近、台湾の業界メディアが「AMDのさらなるシェア拡大を防ぐためにIntelがサーバCPUを値下げ」といった記事を掲載し、他のメディアもこの真偽について相次いで記事を掲載した。Intel自身はこの報道を否定しているが、昨今のサーバCPUを取り巻く状況はかなりヒートアップしていて、これらの記事があぶりだした背景を考えるのは興味深い。

x86サーバ市場でのシェアを失ったIntelとシェア奪取のスピードが鈍るAMD

インターネット社会を支えるインフラであるデータセンターの市場で、ハードウェアのエンジンであるx86サーバCPUは、半導体デバイスの中でもっとも複雑で付加価値の高い製品である。単価が500-2000ドルほどにもなるx86サーバCPUは年間1500万台以上出荷され、その市場はIntelとAMDが2分する。

この市場は2000年の初めくらいまでIntelが完全に独占してきたが、AMDがOpteronで市場参入を果たしてからこの2社の寡占状態が続いている。寡占と言っても8割以上をIntelが握っているので、全体的に見ればIntelが断然に優勢な市場であるが、AMDがハイエンド製品のEPYCで技術的な優位性を確立すると、市場のダイナミクスは大きく変化した。その大きな変化の背景には次の要因がある。

  • 高性能“ZEN”コアの開発に成功したAMDはロードマップ通りZENコアの進化を着実に推し進め、最上位のEPYC3プロセッサは最大64CPUコアを実装する。EPYC3はほとんどすべてのベンチマークでIntelのXeonの最上位機種を凌駕する。
  • AMDの快進撃を最先端のプロセスで支えるのがTSMCである。かたやIntelはプロセス技術の開発にてこずり、この2-3年でAMDのシェア拡大を許してしまった。
  • ところが世界的な半導体需要の急激な高まりで、委託生産市場の半分以上を供給するTSMCからの出荷はひっ迫している。AMDも旺盛な需要に応えきれず第1四半期からのシェア拡大のスピードは減速している。

未曽有の半導体の供給不足の最中にあって、「Intelが値下げ」という記事はどうも腑に落ちない気がした。いくら最上位機種の分野でAMDの後塵を拝しているとはいえ、一括の値下げを断行すれば一番被害を被るのは依然として8割以上のシェアを持つIntel自身である。

しかし、何の根拠もなくこのような記事が出るはずもなく、私自身のAMDでの経験と他の関連記事を参照して下記のような私なりの仮説を立てた。

  • CPU/GPUといった高付加価値製品で市場をリードしているAMDではあるが、ファブレスなのですべての製品の製造をTSMCなどのファウンドリに頼らざるを得ない。これに対してIntelはIDMとして自らが巨大な生産能力を持ち、FPGA製品やOptaneをはじめとする高性能サーバに必要なメモリ関連の製品も出荷している。そこでIntelはサーバ顧客に対しCPUの値下げと他製品の安定供給を条件にAMDをサーバCPUのビジネスから締め出す反撃に出た。
  • Intelは2022年に、新アーキテクチャ「Sapphire Rapids(Eagle Streamプラットフォーム)」ベースの製品を10nmプロセス(Intel 7)で出荷する予定である。Intelの10nmプロセスはTSMCの7nmプロセスに匹敵するといい、この新製品はEPYC3を凌ぐ性能と謳われている。おそらく特定顧客に対してはこの新製品の評価用βサンプルくらいは出荷されていて、来年の本格出荷時期でのAMDからIntelへの切り替えを条件に現在のXeon製品の値下げを提案した。

Intel自身は値下げの事実は否定しているので全面的な値下げはなさそうだが、大手顧客との間では個別案件としてXeonの値下げを含んだ交渉が行われているのは想像に難くない。この2-3年上昇機運だったAMDが危機感を持っていることが察せられる記事も出ている。韓国の業界誌に、「TSMCの値上げと供給不足に頭を悩ませているAMDがSamsungのファウンドリ部門と協業の話を進めているらしい」という分析記事が出た。IDM企業としてIntelと首位を争うSamsungはファウンドリビジネスの強化を推し進めている。Samsungは年末発表予定のスマートフォンGalaxyの新製品に搭載されるExynosアプリケーション・プロセッサにAMDのグラフィックス技術を採用することを決定していて、AMDとSamsungの関係は急速に接近している印象がある。

Opteronの登場で始まったAMDとIntelのサーバ市場での競争

AMDがまだIntelのクローン・メーカーであったころ、“値下げ”はAMDがIntelと競合するための限られた手段の1つであった。80386の互換製品「Am386」の発表時には「Intelの相当製品に比べて30%の低価格を約束します」と公言したほどであった。

独占体制を築いたIntelはその潤沢な資金に任せて、パソコンメーカー顧客による宣伝広告費の最大60%までを負担するという“Intel Inside”キャンペーンを打ち出した。キャンペーンのルールでは、当該広告に1つでもAMDを採用した製品が混じっているとIntelから広告費援助が受けられない仕組みになっていたので、資金に乏しいAMDがそこに割って入るのは至難の業であった。

ある顧客からは「Intelからの広告費援助の恩恵は非常に多大なものであるので、ビジネスにかかる総合的なコストを考えるとAMDがCPUの値段をタダにしたとしても買うわけにはいかない」とまで言われたことがある。こうした独占の膠着した状態を打ち破ったのがAMD独自アーキテクチャによるK7コアAthlonの登場であった。その後のK8コアOpteronは、32ビットと64ビット両方のソフトに対応するという特徴を持つサーバ用CPUで、この製品の登場でAMDはそれまでIntelの独占状態であったx86サーバ市場に割って入る事になった。その後Intelもこれに対抗する製品を発表し、かなり思い切った値段で勝負を仕掛けてきたので市場は非常に盛り上がった。

Opteronの絶頂期にはAMDは市場シェアの20%以上を奪取したが、危機感を抱いたIntelは、なりふり構わぬシェア奪回作戦を決行することで、シェアを再奪取し、AMDのシェアが下がるまで戦い続ける姿勢を貫いてきた。こうした経緯もあって、“20%シェア奪取”はAMDにとって、危険水域のようなレベルに到達したという認識がある。冒頭に紹介した記事にも似たようなトーンがあって、現在のAMDとIntelの切磋琢磨には興奮を感じる。

AMDがIntelを大いに慌てさせたOpteronの登場時期は、私のAMDでの経験で一番わくわくした時代であるが、技術発展に最も拍車がかかった時でもあり、何よりも得をしたのはユーザーである。今後のサーバーCPU市場には、NVIDIAがすでに発表しているようにArmコア製品の登場も考えられ、各社の競争には拍車がかかる予想である。

吉川明日論

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