13 万円の夜行列車旅、まさかの粗飯に驚愕 米大陸横断3泊4日 「鉄道なにコレ!?」第24回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

 欧州が“夜汽車ブーム”を迎えている中、広い国土を抱える米国は全米鉄道旅客公社(アムトラック)が新型コロナウイルス禍の中でも14種類(マイカーを運搬できるオートトレインを含めると15種類)もの夜行列車を走らせている。筆者は新型コロナウイルスワクチンを接種後の7月末~8月初めの休暇で、2本の夜行列車を乗り継ぎ、駐在している東海岸の首都ワシントンから西海岸のワシントン州シアトルへ3泊4日の夜行列車体験をした。個室寝台利用で1人当たり約13万円もの大枚をはたいたにもかかわらず、楽しみにしていた初日の夕食は電子レンジで温めただけの粗飯だった…。

 なお、筆者が途中の中西部シカゴ―シアトル間で利用した列車「エンパイアビルダー」が旅行後の9月25日午後4時(日本時間26日午前7時)に西部モンタナ州で脱線事故を起こし、一部客車が転覆して3人が亡くなり、多数の負傷者が出た。犠牲になった方々のご冥福を衷心よりお祈りするとともに、負傷された方々に心からお見舞いを申し上げたい。(共同通信=大塚圭一郎)

アムトラックの夜行列車「キャピトルリミテッド」=9月12日、米メリーランド州(筆者撮影)

 【アムトラック】米国の都市間で旅客鉄道を幅広く走らせている公共企業体。英語の正式名称は「National Railroad Passenger Corporation」で、日本語では「全米鉄道旅客公社」。政府が株式の過半数を握っており、取締役は米国大統領が任命する。従業員数は20年9月末時点で約1万7500人。米国各地の民間企業が運営していた旅客鉄道を引き継いで1971年5月1日に発足した。当時の各社の旅客鉄道部門が巨額の損失を出していたため、米国連邦議会が70年に救済策としてアムトラックを設立し、集約することを決めた。

 慢性的な赤字体質で、連邦政府や州の補助金で損失を穴埋めしている。新型コロナウイルス流行で利用者数が落ち込んだ2020会計年度(19年10月~20年9月)は、本業のもうけを示す営業損益が8億110万ドル(約880億円)の赤字だった。売上高は約23億ドルと前年度より31・9%減り、累計利用者数は47・4%減の約1684万人。

 ▽明治維新の翌年に開通

 米国を東西に結ぶ大陸横断鉄道が最初に開通したのは1869年、明治維新の翌年だ。他の大陸横断ルートもその後建設され、貨物列車や旅客列車が次々と運行されて資源開発や工業化を後押しした。

 1950年代までは鉄道が大陸横断の主な移動手段だった。寝台車や食堂車を連結し、優雅な旅を楽しめる夜行列車は憧れの存在だった。

 例えば旧ミルウォーキー鉄道が47年に導入した中西部シカゴとシアトル・タコマ(ワシントン州)を結ぶ夜行列車「オリンピアン・ハイアワサ」は景色を満喫しながら食事をできるようにガラス張りのドーム形天井を備えた食堂車を連結。52年からは、ガラスをふんだんにはめ込んで流れる景色を楽しめるようにした展望車も最後尾に連結した。

 しかし、航空機や長距離バスとの競争激化やマイカー移動に押されて、61年に廃止された。展望車などの客車は、カナダのカナディアン・ナショナル鉄道(CN)が64年に購入し、西部バンクーバーと最大都市の東部トロントを結ぶ「スーパーコンチネンタル」などで“第二の人生”を歩んだ。鉄道模型メーカーの関水金属(東京)はオリンピアン・ハイアワサとスーパーコンチネンタルのNゲージ模型を商品化している。

 ▽2列車乗り継ぎで9通り可能

 航空機ならば約5時間で米国大陸を横断でき、手が届きやすい価格で航空券を買える。それだけに、今やアムトラックの大陸横断列車を選ぶ人はごく少数だ。だが、米国は人口が3億3千万人を超えるだけにごく少数のニッチ市場でもそれなりのボリュームがある。「スローライフ」に適した線路上のゆったりした旅を好む人や、途中に停車する駅の周辺に住んでいたり、用事があったりする人らを獲得するだけでも相応の規模となる。

 二つの列車を乗り継いで米国大陸の西海岸と東海岸を横断する場合、乗り継ぎ駅のシカゴを発着して西へ向かう列車には、シアトル・ポートランドとつなぐ「エンパイアビルダー」、カリフォルニア州エメリービルへ向かう「カリフォルニアゼファー」、ロサンゼルスと結ぶ「サウスウエストチーフ」の三つがある。

 一方、シカゴから東へは首都ワシントンとつなぐ「キャピトルリミテッド」、ニューヨーク市と結ぶ「カーディナル」、ボストン・ニューヨーク市へ向かう「レークショアリミテッド」の3列車がある。これらの組み合わせで9通りものルートを楽しめるのだ。

 ▽航空券の5・5倍を支出

 私はワシントンを出発して目的地のシアトルへ向かうため、1泊2日のシカゴ行きキャピトルリミテッドと、2泊3日でシアトルに着くエンパイアビルダーを乗り継ぐのが最適と判断した。走行距離は約4780キロと、JRで札幌駅と熊本駅の往復に匹敵する。

 もしも倹約したい場合は、「コーチ」と呼ばれる座席車両を選べばいい。早めに予約すれば割安な料金で予約でき、大人1人当たり数万円で乗ることも可能だ。ただ、鉄道好きの中学生の息子はともかく、妻はへそを曲げて付いてこなくなるのは自明だ。

 そこで2人用の個室寝台「ルーメット」を2室予約することにした。部屋がやや手狭で、共用の便所とシャワーを利用する代わりに、便所とシャワーを備えた個室寝台より割安だ。

キャピトルリミテッドの便所とシャワーを備えた個室寝台。ルーメットより広々としている=7月29日(筆者撮影)

 料金は乗り継ぎ割引適用後でも3人で3488ドル(約38万4千円)。1人当たり約13万円の計算になり、帰路に予約したデルタ航空が1人当たり211・20ドルだったのに比べて5・5倍の計算だ。もちろん、これらは全て私の自腹だ。

 しかも航空機ならばワシントンとシアトルの両都市圏を約5時間で結ぶのに対し、アムトラックは2列車の所要時間は定刻で走った場合でも計63時間50分かかる。

首都ワシントンのユニオン駅=1月22日(筆者撮影)

 ▽吹っ飛んだ期待感

 キャピトルリミテッドはワシントンを出ると、筆者が住んでいるメリーランド州ロックビル市にあるロックビル駅に停車する。ロックビル駅から乗車したほうが手間を省け、料金も1人当たり2ドルだけ安くなる。

 それでも、私は地下鉄「ワシントンメトロ」で起点のユニオン駅へ向かった。理由は三つある。一つは始発駅から終着駅まで乗り通したかったのと、二つ目は(首都の)ワシントンからワシントン(州)へ乗ればしゃれが効いていると思ったからだ。

 もう一つの理由は、ユニオン駅にあるラウンジ「クラブアセラ」に足を踏み入れたかったからだ。ファーストクラス(一等車)と夜行列車の個室寝台の利用者だけが乗車前に入室を許される待合室だ。羽田空港と成田空港で利用したラウンジでは、カレーライスなどが美味だったのが印象的だった。

ワシントンのユニオン駅にあるアムトラックのラウンジ「クラブアセラ」=7月29日(筆者撮影)

 列車が発車する午後4時5分の約1時間前にユニオン駅のクラブアセラに到着し、女性係員に氏名や予約内容を告げた。「3時半になったら乗車の案内をしますので、それまでお待ちください」と、室内のいすに腰掛けて待つように言われた。

 「得意客を歓迎する温かい料理が用意されているのではないか」。そんな淡い期待感は、入り口のビュッフェ台をひと目見ただけで吹っ飛んだ。並んでいるのはポテトチップスやポップコーンの小袋、コーヒーや炭酸飲料のサーバー、ミネラルウオーターのペットボトルだけ。にわかVIP気分を味わおうとした筆者のもくろみは出ばなをくじかれ、列車に乗る前から慢性的な赤字体質に陥っているアムトラックの厳しい経営環境を思い知らされた。

 ▽日本のコンビニ弁当の勝利

 係員の予告通り、午後3時半になると列車が発車するプラットホームへと案内された。アムトラックは遅れが日常茶飯事なだけに、この用意周到さには驚かされた。

 この日はディーゼル機関車1両に、いずれも「スーパーライナー」と呼ばれるステンレス製の2階建て客車を6両連結していた。私たちの個室寝台は、けん引するディーゼル機関車の直後に連結された客車の2階にあった。部屋は奥行きが1・1メートル、幅が2メートル強で、照明や空調の調整をするダイヤルがあるだけの飾り気がない空間だ。

キャピトルリミテッドの個室寝台「ルーメット」=7月30日(筆者撮影)

 昼は2人が対面で腰掛けられる座席となり、夜間にそれらの座席を引き伸ばして下段のベッドになる。また、天井にある取っ手を引っ張ると上段のベッドが出てくる。

 担当の客室乗務員がやってきて「通路にあるコーヒーを入れた保温ポットから好きな時に飲んでいい」と教えてくれた。列車は定刻にユニオン駅を発車し、まだ近郊区間を走っていた午後5時に予約していた夕食の時間となった。

 3両目の食堂車のテーブル席に着くと、1階から上がってきた乗務員が「これが君たちの夕食だ」とポリ袋を机上に置いた。開けるとミートボールパスタと肉料理、パエリア風のご飯料理が入っているが、電子レンジで温めただけのジャンクフードなのが自明だった。

キャピトルリミテッドで夕食に出されたパエリア風のご飯料理=7月29日(筆者撮影)

 アムトラックは今年6月23日から寝台車利用客向けにシェフが車内で調理した食事を出すようになったが、何とキャピトルリミテッドは対象外。寝台列車につきものの豪華な晩餐(ばんさん)とはほど遠く、「これならば日本で食べていたコンビニ弁当の味がずっと上ではないか」と外れくじをひいたような気分に襲われた…。(「鉄道なにコレ!?」第25回に続く)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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