焼き菓子やジャムの工房と聞いてどのようなものを思い浮かべるでしょうか。
鉄筋コンクリートや木造建てなど、建物の造りも広さも、ひとによって工房のイメージは異なると思います。
しかし「長屋門を改装した工房」を思い浮かべるひとは少ないのではないでしょうか。
なかなか珍しい長屋門を改装した工房が倉敷市酒津にあります。
倉敷市内に3店舗を構える三宅商店のジャムや焼き菓子などを作る工房です。
珍しいポイントは「長屋門」だけではなく農家や地域とのつながりを大切にする、三宅商店カフェ工房へ訪れました。
三宅商店とは
倉敷市内に3店舗構えるカフェ「三宅商店」。
2004年にオープンした、倉敷美観地区の「町家喫茶 三宅商店」が一号店です。
2010年には二号店の「水辺のカフェ 三宅商店 酒津」がオープン。
その2年後の2012年には倉敷美観地区で「林源十郎商店」ができました。
いずれも古民家や古くからある建物を使用していて、改修は必要最低限に。
そのため建物の歴史を随所に感じることができます。
他の共通点は、いずれもジャムや焼き菓子の販売やカフェの営業をしていること。
現在、三宅商店系列店で販売しているジャムや焼き菓子などは、2016年に酒津にできた「三宅商店カフェ工房(以下、カフェ工房)」ですべて作っています。
さて三宅商店の心臓といっても過言ではない、カフェ工房について紹介しましょう。
三宅商店カフェ工房と旧原田邸の役割
倉敷市民の憩いの場、酒津公園にほとんど隣接した場所にあるカフェ工房。
アパートが2棟建つほどの広い敷地に、母屋の「旧原田邸」があります。
母屋の手前は、通りに面してどっしりと建つ長屋門が。
この長屋門を改装し、誕生したのがカフェ工房。
「長屋門を改装した工房」と言いましたが、工房部分は長屋門の半分です。
上の写真で見ると、長屋門の真ん中に入口があり、その奥側(入口の右側)が工房。
三宅商店のすべての商品を作っている工房と思うとコンパクトな印象が。
しかし工房の大きさより大切なのは、扱う素材や商品に対する想いだと取材を通して感じました。
ジャムや焼き菓子などの企画・製造
工房の内部は、ジャム部門と焼き菓子部門で仕切られています。
季節の素材ありきでジャムや焼き菓子などが製造されるそうです。
展示会やイベントに合わせて作ろうなど、企画することもあるのだとか。
すべて工房で果物の皮むきなどの処理・加工をし、ジャムや焼き菓子などを作り上げます。
ジャムや焼き菓子などの販売
カフェ工房で作られたジャムや焼き菓子は、店頭やオンラインショップで販売されます。
系列店だけでなく、カフェ工房の母屋である旧原田邸でも販売されています。
旧原田邸ではスタンプカードを配布。
スタンプを貯めると商品の購入時だけでなく、水辺のカフェ三宅商店 酒津での食事利用にも使えます。
オンラインショップ商品の発送
新型コロナウイルス感染症流行の以前より、オンラインショップが開設されています。
発送は母屋の旧原田邸の事務所から。
直接、旧原田邸で購入して発送することもできます。
製造から発送までカフェ工房と旧原田邸で行ない、自慢の逸品が酒津から全国へ。
購入する側にとっては、どこにいてもボタン一つで購入できるので便利ですね。
系列店のメニューの一部を調理
販売商品だけでなく、カフェで使うかき氷のシロップやソース、ドライフルーツなどの加工もしています。
ちなみに販売用のかき氷シロップも作っていて、三宅商店の系列店やオンラインショップで購入可能。
▼町家喫茶三宅商店で提供していた新茶のパフェ。オレンジのドライフルーツはカフェ工房で加工されました。
地域の宝「旧原田邸」を工房に
カフェ工房は倉敷市酒津にあります。
2016年にこの地へ移転するまでは、工房の機能は倉敷美観地区の林源十郎商店内にありました。
なぜ酒津へ工房を移転したのでしょうか。
それは旧原田邸の建物の存在が大きく影響しています。
旧原田邸は、岡山県初のオリンピック選手である原田武一の生家です。
原田選手は大正から昭和にかけて世界中で活躍し、1924年のパリオリンピックへ出場しました。
旧原田邸は1888年頃に建てられたそうで、当時は顔合わせの場所に使われるなど地域にとって大切な存在でした。
地域の大切な存在で、倉敷市の偉人の生家である旧原田邸ですが、2016年前の数年間は空き家となっていました。
そこへ大手不動産から歴史的価値のある建物を壊してアパートを建てる話が。
建物の解体を知った、三宅商店を運営する有限会社くまの代表取締役 辻 信行(つじ のぶゆき)さんが「地域の宝を残さなくては」と思い、旧原田邸の購入を決意。
購入後は、三宅商店の事務所と工房の機能を旧原田邸へ。
地域の宝を守ったうえに、三宅商店を支える場所として生まれ変わりました。
新たな地域の宝となったことで建物自体も喜んでいるのではないでしょうか。
カフェ工房で活躍する堂本佳世子(どうもと かよこ)さんと橋原絵美(はしはら えみ)さんにお話しを聞きました。
焼き菓子担当の堂本佳世子さんとジャム担当の橋原絵美さんへインタビュー
長屋門を改装した、他の工房とはひと味違う三宅商店カフェ工房で働く、焼き菓子担当の堂本佳世子(どうもと かよこ)さんと、ジャム担当の橋原絵美(はしはら えみ)さんにお話しを聞きました。
三宅商店を支える職人
──おふたりの経歴を教えてください。
橋原(敬称略)──
ふたりとも関西の同じ製菓学校の出身です。
これまで私たちは、本町の三宅商店、林源十郎商店、酒津の水辺のカフェ三宅商店で勤務し、三宅商店カフェ工房のオープンに合わせてこちらに来ました。
働いていて驚いたのは、岡山は果物の種類が多いということです。
県外出身だからこそ、果物の贅沢(ぜいたく)さを感じます。
なかでも桃やブドウは高級なイメージがあったのですが、岡山ではいただける機会も多く驚きました。
果物の身近さがいいなぁと。
ジャムや焼き菓子も季節のものを
──ジャムや焼き菓子にこだわりはありますか。
橋原──
ジャムは旬の果物を使って、暮らしや季節に沿ったものを作っています。
少し傷んでいるなどで、通常だと店に出回らず廃棄される果物を適正価格で買って使っています。贅沢に使用させていただいています。
たとえば桃だとシーズンで合計2トンほどを扱っていて、すべてこの工房で皮むき、種取りなどの処理もしているんですよ。
さらに果物の皮も有効活用して、水辺のカフェ三宅商店のピザ生地作りに使用しています。
皮を使って自家製酵母を作り、ピザ生地に使っているんです。
堂本(敬称略)──
季節によって扱う果物は異なります。
夏は桃、これからの季節だとピオーネやイチジク、秋になると栗が出てきます。
焼き菓子のなかにも季節の果物を練りこんでいるんですよ。
パウンドケーキの食材で、初夏は新ショウガ、夏は白桃、冬はレモンと、季節感を出しています。
フィナンシェやフロランタンも季節に合ったものを入れています。
ときには苦労も
──苦労することはありますか。
堂本──
果物を扱っているので、その点で苦労することがありますね。
たとえば同じ桃でも品種が違えば甘さが変わってきます。
扱うものによって酸味を加えるなどの調整が必要になりますし、品種の把握が必要ですね。
他にも気温や湿度で焼き上がりが変わるので、こちらも調整が必要です。
農家とのつながりを大切に
──果物は岡山や近隣の農家から仕入れているんですよね。
橋原──
はい、地元の契約農家さんから仕入れています。
三宅商店は農家さんとのつながりや連携を大切にしたいという想いから、直接農家さんのところへ行くこともあるんですよ。
直接農家さんにお会いすると、工房にいるだけでは知れないことも知ることができます。
無農薬や減農薬で作物を育てている農家さんにお会いすると、より手をかけて愛情込めていることを感じます。
レモンの収穫の手伝いをしたこともあります。
橋原──
ジャム作りにはイタリア製の真空窯を使っています。
この窯だと中を真空状態にすることができ、70度の低温でジャムを炊くことができます。
真空で炊くことで色味をきれいなまま保つことができるんです。
また真空ですることで香りと風味を損なわないので、農家のかたにも喜ばれます。
堂本──
自分たちが育てた果物を使って、こんなにおいしく作ってくれるんだと。
愛情込めて育てた果物が、形になって売られていくのを見て喜ばれる農家さんが多いです。
喜ばれる姿を見ると、私たちも頑張らなくちゃと責任を感じます。
ジャムと焼き菓子の楽しみかた
──どのような想いでジャムや焼き菓子を作られていますか。
橋原──
元々、酒津の水辺のカフェ三宅商店でパンを焼いていました。
パンに合うものを、と考えたときにジャムや焼き菓子を作ろうって。
そこからジャムと焼き菓子が誕生しました。
そして林源十郎商店で作っていましたが、三宅商店カフェ工房ができてからはこちらで作っています。
カフェの味を家でも楽しんでほしいという想いで作っています。
堂本──
たとえばジャムはおうちでパフェ作りに使ったり、お料理に添えたりして使っていただいています。
もちろんお土産としても使っていただきたいです。
お土産でもらっておいしかったから、今度は自分用に購入するというかたもいらっしゃいます。
オンラインショップがあるので全国どこからでも買うことができます。
橋原──
他にはギフトとしても使っていただけたらうれしいですね。
赤と白の2層のジャムがあるのですが、こちらは紅白ということで引き出物や内祝いとして使われることがあります。
母の日ギフトとしても人気ですね。
おわりに
系列店のカフェメニューの一部、ジャムや焼き菓子などの加工品を手掛ける三宅商店カフェ工房。
お土産やギフトとしても使われ、オンラインショップもあるので、取材するまでは鉄鋼の大きな工場があると勝手に想像していました。
しかし実際は昔から地域にとって大切な存在だった建物を改修し、工房としています。
地域の宝である建物を守りながら、農家とのつながりを大切にしているカフェ工房は唯一無二の貴重な工房ではないでしょうか。
酒津の小さな工房で作られたジャムや焼き菓子などが、これからも多くのひとを笑顔にしていってほしいですね。