「命がけ」のWEリーグ開幕セレモニー、その舞台裏とは   終了後、即手術のINAC神戸社長が振り返る歴史的な日

WEリーグが開幕し、INAC神戸―大宮で高瀬(左)のWEリーグ開幕初ゴールを喜ぶINAC神戸の浜野(手前)と成宮=9月12日、ノエビアスタジアム神戸

 日本初のサッカー女子プロリーグ「WEリーグ」が9月12日に始まった。新型コロナウイルス流行の収束が見通せない中で、そのスタートの光景をいかに日本サッカー史に残すか。開幕セレモニーと第1試合の運営に奔走したINAC神戸の安本卓史社長が舞台裏を語った。(共同通信=大沢祥平)

 ▽1993年への挑戦

 ノエビアスタジアム神戸で午前10時キックオフのINAC神戸―大宮は最も開始が早い試合となり、リーグ第1号のゴールも生まれた。試合は映像配信サービスのDAZN(ダゾーン)だけでなく、関西では地上波でも放送された。

 ―異例の開始時間となった経緯は。

 「開幕日が9月12日となり、地上波放送を目指して(関西では生放送される)プロ野球阪神の試合日程をまず確認した。その日はビジターなので枠が空いているのではと相談したところ、ゴルフ中継で午後は埋まっていた。すると旧知のプロデューサーから『10時はどうですか』と提案された。(INAC神戸の)星川敬監督も僕の意図をくんで『やりましょう』と言ってくれた。五輪を午前中からテレビで見る習慣が残っているとも考えた」

試合を見つめる安本社長(INAC神戸提供)

 ―93年のJリーグ開幕時と同様、試合前の開幕セレモニーではロックバンド「TUBE」のギタリスト、春畑道哉氏がリーグのテーマ曲「WE PROMISE」を演奏した。

 「春畑さんとは20年以上の付き合い。これはINACの試合が最初と決まる前だが、リーグ内で(テーマ曲作成のために)誰に声をかけるかという議論があった時に推薦していた。本人にお話をすると『自分でいいのか。一度Jリーグでやらせてもらっているし、女性アーティストの方がいいかもしれない』と葛藤があったようだ。ただ、Jリーグの村井満チェアマンに『(Jリーグのテーマ曲の)妹分ができるようで、素晴らしいと思う』と言っていただいたこともあり、話が進んだ」

 「そこからはWEリーグ、女子サッカーのイメージを伝えたり、映像をたくさん見てもらったりした。春畑さんはプレシーズンマッチにも足を運んでくれて、クリーンなプレーやすがすがしさが印象に残ったようだった。楽曲制作やレコーディングに携わらせてもらったこともあり『93年のJリーグ開幕への挑戦』という思いが強くなった」

旗を背に演奏する春畑氏(INAC神戸提供)

 ▽最初の日

 WEリーグは小規模なクラブが多く、リーグ本体の人員もまだ少ないが、安本社長はJ1神戸の元常務で、さまざまなイベントを指揮した経験があった。ノエビアスタジアム神戸での開幕セレモニーもINAC神戸が運営することになり、クラブを挙げて奔走した。

 ―どんな思いでセレモニーの計画を立てたか。

 「例えば2017年、ヴィッセル神戸に(元ドイツ代表の)ルーカス・ポドルスキ選手が加入するときの来日イベントはヴィッセルのためだけでなく、日本サッカーのためという感じがあった。今回もそう思っていた」

WEリーグ開幕戦の前に整列するINAC神戸(奥)と大宮の選手たち

 「Jリーグ開幕の時は日本サッカーの総力を挙げてやったと思うが、今回は正直どうだろうという思いもあった。でも、春畑さんの楽曲披露にしても『出てきて、はい終わり』では学芸会。見てくれる人たちに、WEリーグが始まったんだと思ってもらえる演出をしないといけない。『最初の日』を何とか華やかにしたかった。だから名乗り出たところもある。INACのためだけの開幕とは思っていなかった」

 ―暗闇と光、カラフルな11クラブの旗を使った演出は、Jリーグ開幕時をほうふつとさせた。

 「ノエスタの特性は知り尽くしている。屋根を閉めて暗転できるし、LED照明での演出も可能。スタッフが案を考えて、前日には春畑さんと動きを最後まで詰めた。旗の持ち手はINACのスクール生とアカデミーの選手。この中から1人でも2人でもWEリーガーが出てきてほしいし、子どもたちの世代にリーグをつないでいきたいという思いがあった。春畑さんも『みんなで一生懸命やる。これがWEリーグ』と賛成してくれた」

 「ただ開幕2日前に旗の入った箱がリーグから届いて、がくぜんとしてしまった。全て白地にエンブレムだけ。どれがどのクラブか分からないし、個性もない。作り直しを決め、長年サッカーに携わっている仲間がこちらの熱意に応えてくれて、半日で何とかした。やるからにはできる限りのことをやりたかった」

急遽作り直した旗を持つ子どもたち(INAC神戸提供)

 ▽急性虫垂炎で即手術

 大宮戦でINAC神戸は高瀬愛実のリーグ初ゴールを皮切りに5点を奪って快勝した。成果が厳しく問われるプロリーグの行方はどうなるのか。

 ―コロナ禍で入場制限がある中、大宮戦は第1節最多となる4123人の入場者だった。

 「開幕1週間前にクラブスタッフの運営担当、営業担当、チケット担当に、最低限、自分の持ち場だけはやりきろうと話をした。僕はセレモニーの演出に命を懸ける。WEリーグの規模はJ1の10分の1くらいで、うちのスタッフは1桁の人数しかいない。だけど、J1並みのことをやったと思う。スタッフは試合後、『悔しい』と言っていた。(入場者が目標の)5千人に届かなかったから。みんな、プロになってきたなと思う。セレモニー、試合は華やかになったが、僕らの活動がまだまだ足らなかったという課題は残った」

オンラインインタビューに応じる安本社長

 ―セレモニー後の試合の印象は。

 「フロントの頑張りにチームが応えようとしてくれた。ただ、僕はスタジアムDJもしていて、試合中はベンチ横にいたのに記憶があまりない。いいことではないが、開幕前、スタッフのみんなは睡眠時間を削らざるを得なかった。前日から腹部にすごい痛みもあった。でも絶対に倒れられない。終わって病院に行ったら、急性虫垂炎で即手術となってしまった。今までは薬で散らしてきたけど、疲労と緊張感が影響したのかと思う。大げさかもしれないが、命を懸けた開幕だった」

 ―プロリーグとして今後必要なことは。

 「各クラブがホームゲームの充実をもっともっと目指さないといけない。各地で行われる110試合が盛り上がらなかったら、ファンも増えない。ファンが増えなければ、スポンサーは増えないし、スポンサーがいなくなれば収入は減る。女子サッカーを本気でやるなら、やっぱり一試合一試合の充実が重要。WEリーグ本体にはクラブの運営経験者が少ないが、その後押しをしてほしい」

  ×  ×  ×

 WEリーグ 日本初の女子プロサッカーリーグ。女性活躍を意味する「Women Empowerment」の頭文字から名付けられた。1年目は11クラブが参加し、冬季の中断期間を挟んで来年5月まで行われる。日本代表「なでしこジャパン」の強化や女子スポーツの発展、女性活躍社会のけん引役となることなどを目標に掲げている。

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