教科書通りのヘディング2発 4カ月ぶりのホームで「等々力劇場」復活

J1 川崎―湘南 試合終了間際、ヘディングで決勝ゴールを決める川崎・知念(奥左)。GK谷=等々力

 スタジアムを後にするのは、試合終了のホイッスルが鳴ってからの方が良い。混雑を避けるために、少し早く帰途につく。そんな時に限って、スタンドを出た途端に歓声が響き渡り、ゴールが決まっていることがある。

 ホームを離れて約4カ月。5月30日の鹿島アントラーズ戦以来、川崎フロンターレはアウェー9連戦を強いられた。9月26日のJ1第30節の湘南ベルマーレ戦。首位を走る川崎は、緊急事態宣言下で5000人弱の観衆ながら、久しぶりにホームの声援ならぬ手拍子を受けて戦った。

 川崎が念願のリーグ初制覇を成し遂げた2017年。それ以来、感じていたことがあった。ホーム等々力の大声援を受け、ゲーム終盤で同点、逆転という展開が非常に多いのだ。漫画のような展開で勝利を収めてしまう「等々力劇場」は、多くのサポーターの心をひきつける要因だった。圧倒的ボール保持から、相手を疲弊させてとどめを刺すサッカーだ。

 前節の第29節まで、終盤の残り15分以降に奪ったゴールは12点。そのうち後半アディショナルタイムでの得点はアビスパ福岡の5点に次ぐ4点。試合終了まで目が離せない。この日の川崎は、その通りの劇的な試合を演じた。

 開始10分、最初のビッグチャンスは川崎に生まれた。遠野大弥の縦パスを受けたのは小林悠。3試合ぶりの先発となったベテランストライカーは、巧みな切り返しでDFを外すと左足シュート。これをGK谷晃生がはじき出すファインセーブ。湘南はピンチをしのいだ。

 優勝争いする川崎と対照的に、J2降格圏が迫っている16位の湘南は、なんとしても勝ち点を積み上げたい。その気迫がゴールへと結びついたのが前半15分だった。大橋祐紀が左サイドをゴールライン深く持ち込みクロスを送る。それに右足で合わせたのが田中聡だ。まさに「うまい」とうならせるゴール。倒れたGK鄭成龍(チョン・ソンリョン)の体の上に浮かせた技ありのシュートで先制点を奪った。

 前半は湘南のペースといってよかっただろう。先制点直後の17分にも大橋がGKと1対1になる好機。チョン・ソンリョンの好セーブに阻まれたが、決めていればかなり優位な状況になるはずだった。

 後半、川崎が盛り返す。ただ、主導権を取り戻しても、なかなか湘南のゴールをこじ開けることができない。時間の流れにじれる観客。安心させたのは、左サイドバックで先発し、後半から中盤にポジションを移した旗手怜央だった。

 後半21分、右サイドで脇坂泰斗のサイドチェンジを受けた山根視来がフリーとなる。約束事だろう、それに反応するように知念慶がニアに走りだす。つられた湘南DFもついていく。ゴール前のスペースに2列目から走り込んだのが旗手。山根のピンポイントクロスに合わせた滞空時間の長いジャンプからのヘディングシュート。ゴール右隅へのボールをGK谷は見送るしかなかった。

 後半に入って、本来のパス回しが戻った川崎。さんざん走らされた湘南の選手は、残り10分あまりをゴール前に人数をかけて守る手段しかなかった。人数はそろっているので、地上戦でのシュートコースは消えている。ただ、最終ラインがペナルティースポット、ゴールまで約11メートルの距離に下がる場面も多かった。最終的に、この「下がり過ぎ」が敗因となった。グラウンダーのシュートに対してコースがなくとも、空中にはある。ヘディングで競り負ければ、ゴールまで至近距離のため、そのまま失点につながる可能性が強かったからだ。

 時計が90分を回っても1―1の同点。後半のアディショナルタイムは5分だった。ここで途中出場の家長昭博は湘南の守備の弱点を見逃さなかった。残り時間も少ない後半49分、右サイドでボールを持つとオーバーラップした山根をオトリに、後方に戻るドリブルから左足でゴール前に精度の高いクロスを送る。ゴール前で待ち受けていたのが知念。高い打点からヘディングでゴール右隅に打ち下ろされたシュート。これが土壇場で勝負を決める1点となった。

 旗手、そして知念。川崎の2本のヘディングシュートは、教科書に載せたいほどだった。得点につながった右からの2本のセンタリングに対し、GK谷は攻撃側から見て左にステップを踏んでいる。その逆サイドに2人はヘディングを放ったわけだが、これは理にかなっている。ドリブラーがDFの重心の逆を取って抜くのと同じ理論だ。GKがサイドステップを踏んだ場合、動いた側の足に重心が乗る。その逆にシュートを放てば、GKはほぼ反応できない。反応してもタイミングが遅れるので、シュートは決まりやすい。その当たり前を、日本の育成年代では教えられないことが多い。

 勝負強い川崎が戻ってきた。4日前の鹿島アントラーズ戦も先制されながら同点とし、アディショナルタイムに決勝点。そして、久々のホームでサポーターに見せたおなじみの「等々力劇場」。五輪後、一時はマリノスに1まで詰め寄られた勝ち点の差を再び9に広げた。

 殊勲の知念は、足がつってしまう限界ギリギリでのシュートだった。「本当に最後の余力を全部使って決められたゴール。痛さとうれしさでわけが分からなくなっていました」。痛くても、リーグ連覇の輪郭がはっきりと見え始めた。その喜びの方が大きかっただろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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