岸田文雄氏の総裁選出が“理にかなっている”ワケ|八幡和郎 注目を集めた自民党総裁選は、岸田文雄氏の勝利で決着がついた。八幡和郎氏は以前から、岸田氏の外交力を高く評価。また、過去の寄稿で、河野太郎氏や高市早苗氏、野田聖子氏らを的確に分析している。改めて、2020年9月号の記事を掲載!

安倍外交を継承できるか

いま、安倍晋三という歴代最長の在任期間を更新し続ける大宰相の時代の終わりが近づきつつあることを予感しながら、はたして日本が厳しい国家的試練を賢く乗り切れるか、その術を考えてみたい。

ポスト安倍については、小川榮太郎氏が月刊『Hanada』2020年8月号で「『菅義偉総理』待望論」という論文を書かれている。安倍総理再登板のイデオローグである小川氏による、政権のレガシーをいかに引き継ぐかという観点からのまことにもっともな論考であった。

しかし、私は長期的な歴史家的な立場と、安倍政権に対する客観的な観察から、次の時代にいついかに引き継ぐのが適切かという視点において、この問題を論じたい。

私は最近、アベノセイダーズ(気に食わないことはすべて安倍首相のせいだとする人たち)から安倍支持者だと見做されているが、第一次安倍内閣を評価しなかったし、第二次内閣の初期にも是々非々の立場だった。

ただ、2015年の米国議会での演説あたりからの外交的成功の定着や、その翌年の安保法制をめぐる毅然とした対応、内政についての筋の通った姿勢を評価するようになった。その逆に、旧社会党並の万年野党的な主張に戻り、蓮舫氏の二重国籍問題に象徴されるように国家の基本問題も蔑ろにする姿勢に終始する野党に、さし当たって期待しなくなっただけだ。

私が政治問題を論壇で扱い始めたのは、フランス国立行政学院(ENA)に留学したときからだ。ミッテラン大統領の当選(1981年)と社会党政権の誕生を目の当たりにし、この国の独特の二大政党制と円滑な政権交代について研究し日本に紹介した。いまも政権を担える野党勢力が育つことを念願している。

お話にならないマスコミ

ところが、現実の野党やリベラル系マスコミは、政権を担って難しい問題に取り組むのは民主党政権で懲り懲りといわんばかり、安倍首相などよりよほど無原則なタカ派である石破茂氏の首相就任を期待しているのだから話にならない。

ポスト安倍といっても、現実の選択は自民党の有力者から探すしかない。大阪の吉村知事を推す人も多いが、現場指揮官としての差配が少し上手だったからといって一国のリーダーにと期待するのは幼稚だし、群小野党の市長をどうしたら総理にできるのだろうか。

あるいは、胡散臭い東京都知事がコロナ禍で息を吹き返し、元キャスターらしく分かりやすくカメラの前で説明すると、また総理候補と言い出すなど、冗談も休み休みにしてほしい。

ポスト安倍を論じるには、その前に安倍政権の歴史的な価値を語らねばならない。私は異論なく評価すべきは、世界外交のなかで日本をメインプレーヤーとして広く認めさせた外交と、六回の国政選挙の大勝利だと思う。評価はするがやや留保すべきなのは、憲法改正を発議できなかったことと、経済社会の改革に向けて安全運転が過ぎたことだ。

ボルトン元米大統領補佐官の回顧録でも、トランプ大統領に好ましい影響を与えられる希有なリーダーとしての地位が明らかにされていたが、私は真の成功はむしろオバマ政権との良好な関係だったと思う。

日露戦争のころから、日本は共和党政権とはうまくいくが民主党政権とは摩擦を起こして敗戦の原因にもなった。しかし、保守派と言われる安倍首相が、リベラルで、しかも気難しいオバマ大統領と信頼関係を構築できたのは奇跡に近い。

しかも、トランプ大統領になってからも追随ばかりしていたのでなく、「価値観外交」の旗印のもとで、西欧諸国やインド、オーストラリアなどと手を結んで、アメリカが半ば不在でも西側陣営の結束を確保した。

石破茂氏は国民を愚弄

中国やロシアとの関係も悪くない。韓国とは、朴槿惠の告げ口外交によく耐えて関係修復の筋道を得たが、文在寅がそれを壊した以上、しばらく甘い顔をしないのは適切だ。北朝鮮とは核と拉致の同時解決をめざす以上、アヒルの水かきをしつつチャンスを待つしかない。

ただ、この成功は安倍首相個人の卓越した能力で実現されたもので、新政権になったときに維持するためには、後継首相がリーダー同士の信頼関係を築けるセンスと、些細な国内事情のために大きな国益を犠牲にしない姿勢をもつ必要がある。

おそらく安倍首相は、憲法改正の国民投票のときに首相でいるつもりはないと思うし、そのほうがいいと思う。憲法改正を「戦後レジームからの脱却の是非」という大上段の命題を問う形で国民に問うことは、無用な反発を内外から誘発するだけで、首相が戦後体制の評価について中立的な姿勢であることこそ、鍵を握るとみられる公明党支持者の賛同を得るためにも有利だ。

そして、それにプラスして新首相に望まれるのは、目玉政策である。安倍内閣のもとで経済社会改革は一定の成果は上げたものの十分ではないし、国民も夢を求めている。たとえば、池田内閣の「所得倍増」とか田中内閣の「列島改造」、あるいは大平首相の「田園都市国家構想」に類するようなものだ。拙著、

『日本人がコロナ戦争の勝者となる条件』(ワニブックス)にも書いたが、新型コロナ対策からの復興でも「禍転じて福と為す」ような発想がほしい時代だ。

与党の支持率が野党のそれと比べて低い状況であれば、党内で安倍内閣に厳しく反対してきた者の後継総裁もありうる。田中角栄の後継には、椎名裁定で三木武夫が選ばれた。

しかし、いま与党への国民の信頼は揺るぎないものである。それなら、石破氏のようにほぼ一貫して党内野党に徹し、平時ならともかく国政選挙や都議会議員選挙のような戦時にあってすら味方を背後から狙撃し続けた政治家が、後継者に相応しいはずがない。

それでは、安倍首相の路線を支持してきた国民の多数派は行き場所を失ってしまう。また、石破氏が改憲否定派ではないにせよ、安倍内閣の八年間で積み上げてきた方向性を一度ご破算にするようなコメントをしがちなのも、国民を愚弄している。

しかし、石破氏について最大の懸念材料は、外交軽視である。石破氏は、安倍政権下でも幹事長と地域創生相しかしなかった。それならせめて、自ら外遊を繰り返すべきだ。与党の有力者なら世界各国で相当レベルの人に会えるし、ダボス会議のようなところでスピーチさせてもらうのも容易なのだ。

ところが、石破氏はそういう機会をほとんど持とうとしなかったし、英語で話す努力もしていない。安倍首相のブエノスアイレスでのIOC総会や米国議会での英語スピーチでの成功はかなり意味を持っていただけに、意識が低すぎる。

杉村太蔵氏に喝破される石破茂氏

それでも、石破氏が総裁選挙に立候補すれば、一般党員投票で勝利する可能性はある。地方議会の選挙の応援に精を出したのを評価する地方議員や首長も多いからである。

それならば、石破氏に地方振興について「列島改造」に匹敵する知恵があるのかといえばない。隙間狙い的に活路を見出せばチャンスがあるという「里山資本主義」だけだ。

たしかに、個々の地域、とくに中山間地域などで少し気の利いたコンサルでも雇えば成功する。しかし全体のパイは大きくないので、地方の衰退という国家全体の課題への回答にはならないし、だからこそ、地方創生相になっても期待に応えられなかったのである。

最近もテレビ番組で杉村太蔵氏と議論して、「百年前のスペイン風邪の時と同じように、グローバル経済から脱却すべき。そして、東京一極集中からの脱却」と謎の発言をして話題になった。ブロック経済に流れてそれが世界恐慌につながっていったのだが、それを再現したいのか。

番組では杉村氏にまで、「石破さんの支持が上がらないのはマクロ経済政策。ブログ見たけど、どっかの夕刊コラムみたい。全然政策のこと書いてない」と喝破される始末だった。

それでは、小川氏が推す菅義偉官房長官はどうか。私は、官房長官からそのまま総理にというのは好ましくないと思う。第二次安倍内閣発足以来、女房役として安倍首相と一心同体であり、そのまま総理になったのでは清新さもないし、ある意味で尻拭いを引き受けてきたのだから、モリカケや官界の不祥事などすべてを引き継いでしまうことになる。

安倍首相も、小泉内閣の官房長官からそのまま横滑りしたことが良くなかった。また、霞が関は菅官房長官が人事権を8年も握ってきたことの息苦しさも強く感じている。最大の不安要因は外交で、経済産業相のような対外交渉も経験できるポストを経由したほうがいいと思う。

岸田文雄氏の外交成果

さて、それでは、誰がどのようなシナリオでポスト安倍の重責を担えるかというと、安倍首相が岸田文雄氏に期待を寄せるのは理に適っている。

なぜなら、なにより5年間にわたって外相として安倍外交を支えた成果は極上だった。なにしろ、外相は激務で2年間やったら早死にする人が多いと言われるくらいだ。それを五年間も元気に務められたというだけでも、素晴らしいことだ。

ロシアのラブロフ外相とウォツカを呷りながら議論したそうだし、語学堪能とまでは言わないが、通産官僚だった父親の仕事でニューヨークで小学生時代を送り、発音などは結構良いとプロの通訳も誉める。

宏池会というリベラルな基盤をもち、憲法改正とか軍事協力でもタカ派的な警戒心を内外に惹起する危惧が少ないから、憲法改正を世に問う総理総裁として適任である。

問題は支持率が上がらないことだ。誰でも納得するような最大公約数的な枠組みから飛び出そうとしないからである。安倍首相も無難なことばかりいっているわけではない。

石破氏ほど捻くれても困るが、尖った意見を主張して賛同を得ることもしないと、政治家としての勇気が感じられない。魅力的な政策を打ち出せないなら、首相になっても人気は出ないのではないのか。

国民の良識に期待して丁寧に説得を試みるというが、それでは本当に大事な改革はできない。宏池会の先輩の大平首相が、一般消費税の導入の提唱やモスクワ五輪不参加を決めたときに、賛同者などごく僅かだった。

それを岸田氏は避けるから印象に残らないのである。さきのコロナ対策でも、収入が低下する家庭に傾斜した対策を主張するなら、反発覚悟で国民に訴えるべきだった。

参議院選挙で秋田、山形、滋賀で自派候補を落とし、広島では本来なら2人当選を目指して汗をかくべきだったのを、二人目の候補である河井案里氏に最低限の協力すらしなかったのが、あの事件の根底にはある。

メッキが剥がれた小泉進次郎氏

そこで、ひとつの提案をすれば、次の改造で岸田氏を官房長官にして、菅氏を先に書いたように経済閣僚にすることだ。岸田氏のスマートな応対と、首相の女房役というよりは独立した政治家としての感覚は、政権に対するイメージの変化をもたらすだろう。

また、望月衣塑子や江川紹子といった記者、ジャーナリストに鍛えられるのも悪い経験でもあるまい。そのことで、岸田・菅両氏が一皮ければ、安倍首相は安心できる後継者候補を二人もてることになる。

外交については、岸田氏と並ぶ資格があるのは茂木敏充外相だ。これまでもTPP交渉などで練達の交渉能力を発揮してきたし、ハーバード大学留学、マッキンゼー勤務だから語学力も抜群だ。

国内政策についても、1980年代に東京一極集中が問題になっていたころ、『都会の不満 地方の不安』という素晴らしい著書も書いていた。その現代版をしっかりつくれば、政策では岸田氏の及ぶところではなくなるだろう。

あとは、国民に対する露出の仕方と、党内の信頼を重要ポストを歴任するなかで固めていくことだろう。最近、茂木さんは腰が低くなったという評判はとてもうれしい。

河野太郎防衛相は、語学力はジョージタウン大学卒業だけあってネイティブ水準だし、外交問題についての見識は申し分ないのだが、相手方を過度に論破したり、批判するのは外相、あるいは首相としては好ましい態度とは思えない。

昔から外交術として、ソフトに好感を与えることを旨とするのが常識だし、安倍首相なども外国首脳に恥などかかさないから、世界外交の場で信頼を勝ち得ているのだ。また、原発問題が典型だが、たとえば安倍後継ということなら、突出した意見は邪魔にしかなるまい。

小泉進次郎環境相は、滝川クリステルとの結婚も人気上昇にはつながらず、一時期のポスト安倍の有力候補としてのメッキは剥がれた感があるが、それは本人にとっても良かった。プリンスとしての人気だけで、十分な経験なしにトップに座っていいことなどない。環境相という経験は適切だと思うが、難しいポストを経験するなかで成長していくだろう。

頭脳の回転もいいし、演説は上手だし、英語も会話、演説ともに一級品だから、期待の星であることに間違いはない。

ただ、父親が健在で、生臭さが消えないのはマイナスだ。石原慎太郎氏が子供たちにとってマイナスにならないように動くのに対し、父親として純一郎元首相は未熟だと思うし、進次郎氏も河野太郎氏のような上手な親離れが必要だ。

稲田氏の前向きな変身

さらに、もうひとつの可能性は女性首相である。日本社会で女性の進出が遅れていることは、対外的なイメージにもよくないし、日本の社会経済改革の妨げにもなっている。女性国会議員比率が世界最低クラスなど、象徴的だから解消したい。

アメリカでは、民主党の大統領選候補者として確定的なジョー・バイデン前副大統領は、副大統領候補に女性を指名することを明言している。バイデン氏が大統領に就任するとしたらその時点で78歳、任期を全うできるかもわからないし、当選しても四年後の立候補はない可能性が高い。となると、女性副大統領がそのまま後継候補の最有力となる。

具体的な名前としては、カリフォルニア州選出のカマラ・ハリス上院議員が最有力だ。ジャマイカ出身の経済学者(白人と黒人の混血)とインド出身の医学者の子で、弁護士・検事から政界入りした。予備選挙でバイデン氏を攻撃していたのが難点と言われるが、支持率は一番高い。

このほかにも何人か候補がいるが、アメリカでも女性大統領が現実化しそうななかで、日本からも女性政治家が宰相候補として名乗りを上げることは、それ自体望ましいことだ。

稲田朋美氏は、カマラ・ハリス氏と同じ弁護士なのも、好都合になるかもしれない。保守のチャンピオンとして安倍首相のあとを継ぐホープとみられたが、防衛相としてややもたついた。

その後、LGBT問題などでリベラル旋回をしているとして歓迎する人もいれば、戸惑う人もいる。

ただ、稲田氏が政権を狙うなら、狭い意味での保守派以外にも支持を拡げる必要があることは明らかなのだから、保守派としての基本路線を守りつつ、女性や子供の問題などで男社会のしがらみにとらわれない大胆な政策を打ち出していくことは、路線として正しい選択だと思う。

アメリカで言えば、セオドア・ルーズベルトなどがそうだったように、「保守改革派」という新しい道を成功させることができれば期待したい。

野田聖子氏が実績においてもっとも分厚いものを持っているが、本当に政権を狙うつもりがあるのなら、安倍首相との関係をもう少し大事にすべきだったようにも思えるし、配偶者の国籍だとか前歴についてきちんとした説明もするべきだと思う。

ただし、配偶者の問題については、上記の男性の候補者たちにもこれまでの首相ほどきちんと情報公開していない人がいる。安倍昭恵夫人を引き合いに出さなくとも、総理夫人は実質的に政治に大きな影響を及ぼすし、外交上の役割も大きいから不適切だ。

安定感抜群の高市早苗氏

小渕優子氏については、長老政治家たちに支持され優遇されてきたが、自立した政治家としての見識なり能力を発揮してきたわけではないし、後援会をめぐるスキャンダルでは甘さを露呈もした。

また、中国と首相の関係が良くないと言われた時期には、親中派としての期待もあったが、いまや安倍首相より親中派であることは有利に働かない。好感度は高いから、改めて独り立ちした政治家としての成長を期待される。

また、総理候補としてはあまり名は出てこないが、現在の女性政治家でどんな閣僚をやらせても危なげがなく、いちばん安定しているのが、高市早苗総務相であることはいうまでもない。とくにワシントンでの在駐もあり、外交を任せられる存在であることが貴重だと考える。

いずれにせよ、都知事選での小池百合子氏の圧倒的な強さを見ても、女性宰相候補への期待は大きいのだが、首相は知事と違ってパフォーマンスだけでは務まらない。やはり、永田町で実績を積んだ女性議員から宰相候補が現れるのを期待したい。

もちろん、ここに挙げた人たちがすべての首相候補ではない。もし、いま安倍首相が倒れたらと仮定すれば、麻生副総理が昇格するだろうし、甘利明氏も超実力派だし、西村康稔、小野寺五典両氏も対外交渉において高度な能力を発揮できることを示してきた。林芳正氏も将来のホープと言われて久しい。

なりすまし党員問題

以上は個々の政治家の品定めだが、交代のタイミングはいつがいいのか。任期満了なら、2021年9月下旬で自民党総裁は交代だ。また、衆議院も2021年10月に任期満了であるので、自民党に新総裁が誕生してすぐに総選挙が行われることになる。

しかし、そもそも安倍総裁が任期満了前に辞任すれば党員投票でなく国会議員の投票で新総裁を決められるので、一般党員投票での得票は関係なくなる。さらに、新型コロナや東京五輪の状況次第では、安倍総裁の任期を1年延ばすことも一案だ。

シナリオとしては、たとえば2020年の秋に解散すれば、自民党はいまより議席を減らすかもしれないが、負けることはない。そこで信任を得たとして任期延長や四選可能なように党則を改定することも、任期満了前に辞任してバトンタッチすることも大義名分に事欠かない。

今度は逆に、安倍総裁が辞任して新総裁を選び、その勢いで総選挙というのもある。ただ、いずれの場合にも、一般党員投票で石破氏がトップになると厄介である。朝日新聞などリベラル系マスコミは、世論調査などを盾に石破氏を全力で支援するだろうから、自民支持層での石破氏の支持は低調だとか言っても危ない。

さらに日本の場合は、よその党の支持者とか、工作員がかなり登録している可能性も強い。このところ、世界的にもなりすまし党員の問題は深刻になってきている。

2016年の民進党代表選挙は、私が蓮舫氏の二重国籍問題を追及しているなかで行われた。党員投票の締め切りを待って二重国籍を事実上認めたのだが、大差で一位だったので議員投票で覆る見込みがなかったことを背景に反対派を諦めさせて当選し、二重国籍公表後に信任を得たといって開き直った。

それを考えると、一般党員投票で石破氏に勝つか、あるいは僅差で二位になる候補であることは、絶対要件ではないが大事なことだ。

「安倍ロス現象」の懸念

安倍首相は来年の任期いっぱい務めたとしても、9年間(第一次内閣を入れて10年)である。

国際的に見て四選も非常識とはいえない。アメリカは憲法で原則として二期8年になっているが、半数以上の大統領が二期務めている。フランスは7年が5年に短縮されたが、だいたい再選されている。

ドイツは戦後70年でまだ8人目だ。中国は10年が原則で、習近平はさらにそれを延長しようとしている。世界のそこそこ優れた指導者は10年くらいが普通なのであって、55年体制で二年ごとに政権を替えさせて、自分がいくつの内閣を潰したとか自慢している評論家は、いかに日本の政治を悪くしてきたか猛省すべきである。

もうひとつ懸念されるのは、次期首相・総裁は安倍政権に比べて、物足りない印象を与えるだろうから、「安倍ロス現象」が予想されることだ。小泉退陣後の自民党で、安倍、福田、麻生と3人が1年ずつで倒れることになったのは、小泉劇場型政治の印象が強すぎて、常識人であるほかの総理たちの仕事が物足りなく見えたのが主因だと思う。

議会政治の本場であるイギリスでも、サッチャーやブレアといった十年以上在任した首相の後任はこの現象に悩まされて、野党に政権を譲ることになった。それを防ぐために私が提案したいのは、短期の総総分離である。普通、総総分離といわれるのは総理と総裁を別の人がやることで、実現したことはないが、アイデアとしては常にある。

私が提案したいのは、安倍首相は四選を目指さないが、総理の座を譲るのは、3年間の総裁任期のうち半ばに達する前の適切なタイミングまで待つということだ。たとえば、トランプ大統領が再選されたようなときは、信頼関係が強固な安倍首相にもう少しやってほしいということはおおいにありうるだろう。

実はこの方式は、あちこちの国でやっているのである。たとえば、習近平は党主席になった次の年に国家主席になった。メルケル首相は、与党CDUの総裁をクランプ=カレンバウアー国防相に譲って次期首相を約束した(新総裁が不評で後継者は選び直すらしいが、その後継者が次期首相の予定)。

こういうやり方をしたら、石破氏に一般党員投票で負けるという懸念も減るし、また、次期首相が自民党総裁兼副首相としてしばらく安倍首相と併走すればかなり安心だ。後任首相の選択肢も拡がるのではないかと思う。
(初出:月刊『Hanada』2020年9月号)

八幡和郎

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