武田双雲の日本文化入門〜第6回 美しい黒色を生み出す書道の墨と硯

書道家・現代アーティスト 武田双雲とは

武田双雲(たけだ そううん)さんは熊本県出身、1975年生まれの書道家で、現代アーティスト。企業勤めを経て2001年に書道家として独立。以後、多数のドラマや映画のタイトル文字の書を手掛けています。近年は、米国をはじめ世界各地で書道ワークショップや個展を開き、書道の素晴らしさを伝えています。

本連載では、双雲さんに、書道を通じて日本文化の真髄を語っていただきます。

【連載第6回】書道で使われる墨と硯

前回は文房四宝のひとつ「紙」について語りました。今回は、同じく四宝である「」と「」の魅力をご紹介します。

かつて占いの結果を伝えるために亀の甲羅や牛の骨に石のナイフで刻まれた文字が、人類の文字の起源だといわれています。その後、紙がつくられるようになりました。その紙に書きやすく、時間がたっても消えずに残るインクとして開発されたのが、墨です。

墨の原料

墨の原料となるのは、主に油を燃やした後に出る煤です。素焼の皿に菜種油や胡麻油を入れ、藺草(いぐさ)で作られた芯を使って燃やし、蓋に付いた煤を採取します。

粒子サイズが小さい煤の方が、美しい墨色が出ます。芯から蓋の距離が離れている方が粒子サイズが細かい煤を得られるのですが、その分、煤ができるのに時間がかかるので価格も上がります。

こうして採取された煤を、膠(にかわ、※1)と混ぜ込みます。それを、筋肉隆々の職人が真っ黒になりながら一日中、手足を使って捏ねるのです。その後、乾燥させる時も、固まりが割れてしまわないよう、少しずつ時間をかけて、ゆっくり乾かします。

このようなさまざまな工程があるため、固形の墨が完成するまでには1年近くの時間を要します。私のように書道家の元へ墨が届くまでには、それだけの手間暇がかかっているのです。

硯の作り方

書道で使う液状の墨汁をつくるには、固形の墨のほか、硯と水が必要です。

硯は石でできているのですが、硯に適している石の種類は、世界を見てもそう多くはありません。

有名なのが中国の「端渓」で採れる石です。しかし、長年にわたって採取されてきたので、近年では残り少なくなっているようで、価格も高騰しています。

日本でも、宮城県の雄勝(おがつ)石、山梨県の雨畑(あめはた)石、山口県の赤間(あかま)石、和歌山県の那智黒(なちぐろ)石、高知県の三原石、長野県の龍渓(りゅうけい)石など、硯に向いている石が採れます。

硯石は、職人が大きな彫刻刀を使って形を整え、何度も丁寧に研磨します。こう書くと簡単そうですが、その姿を実際に見ると圧巻の一言です。実際に職人さんに教わりながら硯づくりの体験をしてみると、その難しさに驚くとともに、「すごい技術が伝承されているんだな」と感動します。

墨を磨るのはマインドフルな作業

墨汁を作るときは、水を一滴ずつ垂らして、硯の表面で墨を磨ります。その時の磨る音と水に溶けていく黒の美しさに毎回、心が癒されます。墨ができるときの香りも精神を整えてくれます。

墨を磨るのはとても時間がかかります。多い時で一時間くらい磨ってから書くこともあります。面倒なことのように思われがちですが、墨を磨っているこの時間が至福であり、マインドフルな心地になれる贅沢な作業なのです。

今日の書~「道具」

「道具」とは、道の具と書きます。職人さんたちの魂を受け取って、書道家があらたな道を歩き始める時にとても重要な役割を担ってくれるありがたい存在です。

© 株式会社MATCHA