連載⑦ 上松恵理子の新潟・ICT・教育「先生が学び続けることのできる環境が未来の活力ある社会に繋がる」

教育の質をあげるためには、教員が学び続けることの出来る環境づくりも重要だ(画像はイメージです)

前回:連載⑥ 上松恵理子の新潟・ICT・教育「DX教育(デジタルトランスフォーメーション教育)の時代へ(後編)」

「教員免許更新講習を辞める方向で政府が動いている」という報道がいくつかあった。残念ながら、今回はやはり廃止の方向に向かっているようだ。これは大きな議論を呼ぶだろう。廃止の理由は様々あるが、筆者なりにまとめてみた。

① 免許を更新し忘れた教員が出てしまったことで、教壇に立つことができず現場が混乱してしまうこと
② 更新するための講習料金が有料で、講習の場所によっては交通費や宿泊費も別途かかること
③ 教員が多忙で現場を欠勤すること自体が大変だということ。また、学校内や自治体内で行う研修内容と被るケースもあったこと
④ 更新制度があることで教員志望が減少してしまう可能性があること ……など

他にも論議はまだまだあるだろう。「変異株の新型コロナウイルスが猛威を振るう中で密になって研修するのはいかがなものか」という声もある。しかし、先生方のスキルの向上のため講習は欠かせないことから、上記の点について考えてみた。

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まずは①について。これは教員免許制度の問題ではない。それこそデジタル庁もできるというのだから、現場での勤務に関わらず、メールや他の方法での通知ができるはずである。新潟市ではワクチン接種券の封筒が該当者に次々と送られてきた。デジタルが難しいなら手紙等で連絡すれば良い。学校に勤務しているなら、期限を本人だけでなく免許を与えた自治体側でチェックすることもできるだろう。

②については、国でまかなえば良いと思う。大事な未来の子どもの教育を担う先生たちなのだから、国益であることは間違いない。

③については、そもそも教員が忙しすぎるのが問題だと感じる。海外では部活がないので午後5時になると学校が閉まるというケースが多い。また、勉強を教える以外の仕事は教員にはさせないということがグローバルスタンダートである。通学路の点検などは、「教員だけの仕事ではなく、自治体や保護者がするべき」とするのが海外では標準である。

日本の教員がやって当たり前の保護者対応なども、教員はせず管理職だけで対応するという国がたくさんある。大変な教材費の徴収などは学校のホームページからクレジット決済というところもある。

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実際、事務作業についての教員の負担は大きい。教材研究が後回しになっては子どもたちにも負担がかかる。海外では宿題のドリルなども全てデジタルでその場で採点が学習者にわかり、先生が採点することがないという事も多くなっている。

教員が多忙では児童・生徒にしわ寄せが来ないともかぎらないので、勤務内容や形態の改善は喫緊なのだ。また、研修内容が被っているという事の対応はプラットフォームで共有したり、出欠席などもクラウド活用したりすることが可能である。

④については新潟も例外ではない。なんと2018年度実施の小学校の競争率は全国最低水準の1.2倍だった。その後、2019年からは少しずつ競争率を上げたが、当時は「いずれ希望すれば誰でも教員になれるだろう」という記事もあった。

そもそも小学校には、教科担任制と学級担任制という2つの制度がある。完全教科担任制にする場合、教員を多く採用しなければならず、来年度には2,000人以上を増員するという声もある。教育環境が改善されなければ、企業に人材が流出し教員の質の低下し、今でも講師に頼っている学校では講師でさえも不足することが考えられる。更新制度があるから教員になりたくない、ということではなく、こうしたような問題が多々あるのだ。

オーストラリア・クィーンズランド州の小学校教員(2014年撮影)

海外のように午後5時で先生方全員が仕事を終わらせ帰宅できるようになるためには、社会の理解も大事である。昨今は新型コロナによる消毒対応などでさらに先生方に負担がかかっている。もっと時間に余裕があれば、児童生徒に良い影響があるだろう。

教員免許更新講習廃止については子どもの視点が抜けている。新しく知識を更新されない10年20年前の知識で、子どもたちが学習するということはいかがなことか。本当に激務で時間のない学校現場。長時間勤務で専門でない部活をやらされている事例もあり、働き方を改善することは大前提だが、先生方の知識の更新も必須だと考える。

テクノロジーの力で、海外のようにMOOC[注]で学ぶという方法もある。海外では先生方が最新の知識を得るため、毎週研修をしている所もある。新潟市にも小中学校の先生方が熱心に勉強している研修会がある。新しい事を学びたい先生はたくさんいるのだ。

教員免許更新講習が廃止となれば、最新のテクノロジーで教員が学んでいる海外と差がついてしまう。政府も教員のスキル向上を図るその他の方策を考えているだろうと思うが、新潟の未来のためにも県をあげて、学校現場に勤務されている先生方の負担を最小限にし、新しいことを学び続ける環境を作ることが大事である。それが教育の質を上げ、活気ある地域社会が未来に向けて構築されることに繋がるだろう。

最後に、最新の資料を付記するとともに、制度を廃止するのであれば、情報社会の中で教員に寄り添ったスキル向上に資する新制度を一刻も早く導入することを期待する。

学校基本調査-令和3年度(速報) 結果の概要-

学校教育の情報化の推進に関する法律

やむを得ず学校に登校できない児童生徒等へのICTを活用した学習指導等について

休校判断のガイドライン 教育委員会などに通知へ
(これは2021年に猛威をふるったデルタ株の対応を見越したものである)

[注] MOOCとは「Massive Open Online Courses」のことで、「ムーク」または「ムークス」と読む。インターネット上で誰もが無料で受講できる大規模オンライン授業。

【連載 上松恵理子の新潟・ICT・教育】
前回:連載⑥ 上松恵理子の新潟・ICT・教育「DX教育(デジタルトランスフォーメーション教育)の時代へ(後編)」

初回:連載① 上松恵理子の新潟・ICT・教育「新潟がメインとしていた第一次産業にもデジタル化の流れ」

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上松恵理子 略歴
博士(教育学)
武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員
早稲田大学情報教育研究所研究員
明治大学サービス創新研究所客員研究員
東洋大学非常勤講師
教育における情報通信(ICT)の利活用促進をめざす議員連盟」有識者アドバイザー
総務省プログラミング教育推進事業会議委員(H28.29)
文部科学省委託事業欧州調査主査(H29)

大学では情報リテラシー、モバイルコミュニケーション、コンピュータリテラシーの授業を担当。研究では最新のテクノロジーを使った最先端の教育についても国内外の調査研究。国内外での招待講演多数。著書に『小学校にプログラミングがやってきた!超入門編』、『小学校にオンライン教育がやってきた!』(三省堂)など。

新潟大学大学院情報文化研究科修了、新潟大学大学院後期博士課程修了

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