稲葉監督が明かした金メダルの要因 「8年間かけて築いた」選手たちとの“関係値”

退任会見を行った侍ジャパン・稲葉篤紀監督【写真:荒川祐史】

2013年に小久保ジャパン打撃コーチ就任、17年に満を持して監督へ“昇格”

東京五輪で野球日本代表「侍ジャパン」を金メダル獲得に導いた稲葉篤紀監督が9月30日を以って4年間の任期を終え、都内のホテルで退任会見に臨んだ。後任監督は未定。本来なら今年3月に開催されるはずだった第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、新型コロナウイルスの感染拡大で延期され、2023年に行われるといわれているものの正式には発表されていない。後任監督に引き継がれるべき教訓とは何か。

「4年間かけて選手とたくさんコミュニケーションを取らせていただいた中で、関係性を築くことができたのかなと思います」。稲葉監督は悲願成就の要因をそう表現した。実際、歴代の野球日本代表監督の中で、稲葉監督ほど大舞台へ向けて長い時間をかけ、継続性を持って準備することができた例はない。

2013年から侍ジャパンが常設化され、1大会限りの“急造チーム”ではなくなった。同年11月、稲葉監督は小久保裕紀監督の下で侍ジャパン打撃コーチに就任。2015年の第1回WBSCプレミア12、2017年の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を戦い、満を持して同年7月、監督へ“昇格”した。現役時代の同僚である金子誠ヘッド兼打撃コーチをはじめ、5人のコーチの顔ぶれは4年間不動だった。

代表選手選考にあたっても、稲葉監督は「良い選手を選ぶのではなく、良いチームを作りたい」と口にした。能力の高い選手を集めてオールスターチームを作っても意味がない。稲葉監督の方針を理解し、勝利のために歯車として機能することの方が大事だった。東京五輪代表メンバーは、場合によっては今季ペナントレースの調子を度外視してでも、2019年の第2回プレミア12をともに制した顔ぶれを中心に選出された。それも、チームとしての成熟度を重視したからだろう。

「良い選手を選ぶのではなく、良いチームを作りたい」という言葉の意味

稲葉監督は「侍ジャパンは春と秋の2回しか集まれないので、なかなか選手と腹を割って話すということは難しいが、私には4年という月日があり、もっと言えば小久保ジャパンのコーチをさせていただき、8年間で築き上げたものが大きかった」としみじみ振り返り、「そういう準備をしてきたからこそ、最高の結果につながったのだと思います」と言い切った。

4年間で最も印象に残った場面を聞かれ、真っ先に挙げたのは、2018年11月13日、MLBオールスターチーム相手の日米野球第4戦(マツダスタジアム)の1シーンだった。同点で迎えた9回1死一、三塁。菊池涼介内野手(広島)は稲葉監督に「セーフティーバントをしましょうか?」と提案し、実際に決めて決勝点をもぎ取った。さらに東京五輪でも、準々決勝で甲斐拓也捕手(ソフトバンク)が指揮官に「初球から打っていいですか?」と確認した上で、初球を叩いてサヨナラ打。決勝でも坂本勇人内野手(巨人)が「ここはバントですか?」と話しかけ、つなぎ役を果たした。どれもこれも、各選手が稲葉監督の方針と自分の役割を理解していたからこそ、できた芸当である。

果たして、侍ジャパンの次期監督は、これほど選手とコミュニケーションを取り、チームとして成熟させることができるか。そもそも、その機会と時間を与えられるのだろうか。稲葉監督は「次の監督がどうなるかはわかりませんが、その監督の考えというものがあるので、私からアドバイスすることは何もありません」と語ったが、その成功の理由を改めて分析する価値はありそうだ。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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