次期政権の難題か…気候変動対応で動き出したEUタクソノミーって何?

9月29日に投開票が行われた自民党総裁選で、岸田文雄氏が勝利しました。10月4日の衆参両院での首相指名選挙を受けて、第100代内閣総理大臣に就任します。衆院議員の任期満了後の11月には次期衆院選が行われ、その後の国政を担う新政権が発足する見通しです。

サステナビリティへの政策対応の視点から菅政権を振り返ると、グリーン成長戦略の策定をはじめ、約1年間で日本の気候変動対応を大きく推し進めた政権であったと評価することができるでしょう。一方、総選挙後に発足する新たな政権では、気候変動以外のサステナビリティを巡る課題についても、より踏み込んだ対応が求められていく可能性があります。

実際に気候変動対応で他国に先行するEU(欧州連合)は、気候変動以外の環境・社会課題の解決に向けた取り組みを既に加速させています。今回はこうしたEUの取り組みの中でも、特に注目される動きの一つである「EUタクソノミー」についてご紹介します。


EUタクソノミー - 企業の活動が「グリーン」か否かを判定

EUタクソノミーとは、事業活動が環境面でサステナブルかどうかを分類する枠組みです。EUタクソノミーでは、環境目的として「1.気候変動の緩和」、「2.気候変動への適応」、「3.水と海洋資源の持続可能な利用と保全」、「4.循環型経済への移行」、「5.汚染の防止と制御」、「6.生物多様性及び生態系の保全と回復」という6つの目的が掲げられています。これらのいずれかの環境目的に「実質的に貢献」し、且つその他の要件を充足する事業のみがタクソノミー上適格となります。

タクソノミー導入後、EUの対象企業等はタクソノミー上適格となるグリーンな事業の売上高の割合等の開示が必要になります。また、EUの対象の金融市場参加者等は、ポートフォリオにおけるタクソノミー上適格となる投資割合の開示等が求められることになります。

深刻化する環境問題を解決するには、金融を通じて資金の流れをサステナブルな事業を営む企業へとシフトさせていく必要があります。しかし、現行のEUの制度では、どの企業が真に環境課題の解決に資する事業を行っているのか必ずしも明確ではありません。そのため、タクソノミーを策定することでサステナブルな活動とは何かを明らかにし、企業等の取り組みの透明性を高めることがEUの狙いです。さらに、EUはサステナブルファイナンス国際プラットフォーム(IPSF)という組織を立ち上げ、EUタクソノミーの国際標準化を目指しています。

気候変動に関する2つの環境目的については、欧州委員会が既に「実質的に貢献」する活動の詳細な基準を定めた委任法を6月に採択済みです。こうした中、8月に欧州委員会のサステナブルファイナンスプラットフォーム(PSF)は、残りの4つの環境目的に関する委任法の原案となる報告書を新たに発表しました。

気候変動以外の4つの環境目的

報告書では、「水・海洋資源」、「循環型経済」、「汚染防止」、「生物多様性」の4つの環境目的に「実質的に貢献」する活動の基準を整理するにあたって、まずヘッドライン野心水準(以下、HAL)が定義されました。

HALとは、各環境目的とリンクする意欲的な目標水準のことです。気候変動の分野では、パリ協定を背景としたEUの温室効果ガス排出削減目標(2030年までに1990年比で55%以上削減・2050年までに脱炭素化)がHALにあたります。

4つの環境目的のうちの「水・海洋資源」では、「2027年までに、全ての水域で少なくとも『良好な状態』を実現する」こと等がHALとして掲げられました。なお、この「良好な状態」とはEUの水枠組み指令で定義された水質の状態で、同様にその他の環境目的においてもEUの各環境政策等と対応するHALが掲げられました。

このHALを踏まえ、PSFは各環境目的において優先してタクソノミーを策定すべき14の対象セクターと103の経済活動を特定し、各経済活動の「実質的な貢献」の基準等の原案を示しました。

今後についてですが、原案の発表と同時に実施した意見公募の結果を踏まえ、11月にPSFが最終報告書を欧州委員会へ提出する見通しです。その後、来年の上半期中に欧州委員会が4つの環境目的の詳細な基準を定めた委任法の採択を行うとみられます。

社会版のタクソノミーも検討

EUタクソノミーは環境課題に焦点を当てた「グリーンタクソノミー」ですが、欧州委員会はタクソノミーを社会課題の領域に広げることも検討しています。7月に、PSFは社会版のタクソノミーである「ソーシャルタクソノミー」の原案を公表しました。

原案において、ソーシャルタクソノミーにおける企業の社会目的への貢献には2つの側面があると整理されました。一つは「垂直的側面」といい、企業が自社の製品やサービスを通じて社会にもたらすことができる貢献です。この側面の社会目的として、人間にとって不可欠な製品・サービス(水・住宅・教育等)や基本的な経済インフラ(インターネット等)へのアクセス向上を通じた、十分な生活水準の保持への貢献が示されました。

もう一つが、「水平的側面」です。企業の事業活動のプロセス内での社会への貢献を指すもので、原案ではディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の確保(強制労働の禁止等)、消費者の利益の保護(個人データの保護等)、包摂的且つ持続可能なコミュニティの実現といった社会目的が提示されました。

環境・社会課題への新政権の政策対応に注目

EUタクソノミーの4つの環境目的については、2023年1月から適用が開始されることになります。一方ソーシャルタクソノミーについては、実際に策定に至るかはまだ確定しておらず、年内に欧州委員会が検討結果をまとめた報告書を発表し、最終的な決定を下す見通しです。

菅政権下において、日本の政府・企業の脱炭素化に向けた対応は大きく前進しました。他方、その他のサステナビリティを巡る課題については、議論等が不十分な点も多く残っています。

今回ご紹介したように、EUが国際的なルールメイキングを念頭に急ピッチでサステナビリティの基準策定を進める中、総選挙後の新政権が日本としてどのような環境・社会課題への政策を講じていくかが注目されます。

<文:エコノミスト 枝村嘉仁>

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