トーベ・ヤンソン「ムーミン」はいかにして生まれたのか?『TOVE/トーベ』はエネルギッシュな恋と創作の物語

『TOVE/トーベ』© 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

意外と知らない? トーベ・ヤンソンの半生

カバのような妖精のような不思議な生きものムーミンとその仲間たちは、過去半世紀以上にわたって世界中で愛されてきた。とりわけ日本では、60年代末にTVアニメ化されて大ヒット。90年代に再アニメ化され、2019年には埼玉県飯能市にテーマパーク「ムーミンバレーパーク」がオープン。キャラクターグッズも街にあふれている。

そして近年では、ムーミンを生み出した作家トーベ・ヤンソンへの関心と評価も、ますます高まっているようだ。未邦訳だったコミック作品や、ムーミン以外の小説や評伝も次々と日本に紹介され、絵画・小説・漫画・舞台美術など、さまざまなメディアを横断するマルチクリエイターだった彼女の仕事と生涯についての情報によりアクセスしやすくなった。このたび公開される伝記映画『TOVE/トーベ』も、「かわいい」だけでは済まされない彼女の人気をいっそう高めることになりそうだ。

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実人生における出会いが「ムーミン」のキャラクターに反映

トーベ・ヤンソンは1914年、フィンランドの首都ヘルシンキに生まれた。生家は当時、フィンランドの全人口の1割程度(現在はさらに減って5%程度)だったというスウェーデン語系。この映画は、第二次世界大戦の終結からムーミンが成功を収めて経済的な安定を得るに至った1950年代後半まで、すなわちトーベ・ヤンソンの30代を描いている。

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女性が芸術家として独り立ちするのが簡単ではなかった時代に、トーベ(アルマ・ポウスティ)は爆撃でぼろぼろになった物件にアトリエを構える。戦争に傷つけられた青春の時間を取り戻そうとするかのように、はげしく踊り、飲み、自由を追求する知識人や芸術家たち。トーベは議員で妻帯者の男性アトス・ヴィルタネン(シャンティ・ローニー)と恋をする。

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しかし、アトスと穏やかな関係を築いていたところに、市長の娘で舞台演出家の女性ヴィヴィカ・バンドレル(クリスタ・コソネン)との出会いが訪れる。ヴィヴィカとの情熱的な恋は、ムーミンの物語に登場するトフスランとビフスランに反映されることになった。

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フィンランドでは同性愛は1971年まで違法だったということで、関係を隠すために手紙の宛名を別名にするなど、「世間的に道ならぬ恋」の困難も描写される。とはいえ、その恋は生きるエネルギーに満ちあふれた女たちがぶつかりあってバチバチ火花を散らしているようで、いっそ爽やかな印象だ。いくら恋に溺れても自分の創作活動という軸があって、それがいちばん大事なんだろうな、と思えるからかもしれない。

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この映画で描かれるのは、自分は芸術家なのだという自負を持ち、イラストや子供向けの商業的な仕事に葛藤を抱えているトーベが、アトスとヴィヴィカとの恋愛その他の経験を重ねるうちに、内なる権威主義との折り合いをつけ人気作家としての自己を確立していく過程だ。

トーベが後半生を共にしたトゥーリッキ・ピエティラ(ヨアンナ・ハールッティ)は、本作では終盤にほんの少しだけ登場。演じるハールッティがトゥーリッキがモデルになったというキャラクター、トゥーティッキ(おしゃまさん)にそっくりな顔立ちで、ほほえみを誘う。

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本国で記録的ヒット! アカデミー賞国際長編映画賞フィンランド代表に選出

本作はフィンランドで公開から約二ヶ月にわたり週間観客動員数ランキングで連続1位を維持する大ヒットを記録し、第93回アカデミー賞国際長編映画賞フィンランド代表に選出されたそうだ。監督のザイダ・バリルートは1977年フィンランド生まれの女性で、『TOVE/トーベ』は彼女にとって5本目の監督作。

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トーベ・ヤンソンが国民的作家だというのも、「葛藤しながら仕事に打ち込み、バイセクシュアルないしはレズビアンとしての自分を発見し、自信をつけていく女の30代」を女性の監督が描いた、衣装も美術もおしゃれな映画が大ヒットするのも、正直ちょっとうらやましい。あこがれのフィンランドだ。しかし、うらやましがっていないで自分のダンスを踊りなさいな、と、トーベならきっと言うだろう。お手本にできる人が誰もいないところで自らの道を切り拓いた偉大なアーティストは、「世間の常識」は時と場所によって変わるものであり、人生はわくわくする冒険の可能性に満ちているはずだと私たちに訴えかけてくるのだった。

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文:野中モモ

『TOVE/トーベ』は2021年10月1日(金)新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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