サイケデリックロックに急接近したマディ・ウォーターズの『エレクトリック・マッド』

『Electric Mud』(’68)/Muddy Waters

1950年に設立されたチェス・レコードはブルースやR&B;を専門とするレーベルで、ロックンロールの成立に大きく寄与したことで知られている。特にマディ・ウォーターズをはじめ、ハウリン・ウルフ、リトル・ウォルター、バディ・ガイなど、シカゴブルースのスーパースターを抱えており、チェスは英米のロックアーティストに大きな影響を与えていた。しかし、ビートルズやローリング・ストーンズが登場してきた60年代になると世界的にロックが全盛の時代を迎える。60年代の中期を過ぎる頃には、若者たちの多くはロックに熱狂しブルースやR&B;のリスナーは減少していく。今回紹介するマディ・ウォーターズの『エレクトリック・マッド』は、その頃にリリースされた異端の作品である。チェスは起死回生の戦略として、マディ・ウォーターズに白人の若者に受けるサイケデリックロックをやらせようと考えたのである。

ロータリー・コネクション

レナード・チェスによってブルースやR&B;専門のレーベルとしてスタートしたチェスであったが、経営が逼迫する60年代後半になると息子のマーシャル・チェスは新しい音楽への方針転換が必要だと考え、ポップス、ロック、ミュージカル、ソウルなどをミックスした新しいグループをプロデュースする。それが男女混成のロータリー・コネクションで、彼らは複数のヴォーカリストとバックミュージシャンで構成されていた。グループのイメージはフィフス・ディメンションをロック寄りにした感じである。このグループで女性のメインヴォーカルを務めるのは、のちにソロとなり「ラヴィン・ユー」を大ヒットさせるミニー・リパートン。

ロータリー・コネクションはカバー曲が多く、ストーンズ、ディラン、クリーム、ザ・バンド、マディ・ウォーターズなどの曲をストリングスなども交えながら原曲と分からないぐらいのアレンジを加えていた。しかし、リズムセクションはルイス・サターフィールド(Ba)とモーリス・ジェニングス(Dr)といった一流どころが務めているだけに、タイトでファンクネスに満ちたプレイが聴ける。また、驚くべきことに、ギターはジミヘンに大きな影響を与え、のちにマイルス・デイビスのエレクトリック・バンドで大活躍するピート・コージーを擁していた。

マディ・ウォーターズと ハウリン・ウルフ

ロータリー・コネクションのデビューアルバム『ロータリー・コネクション』(’68)はビルボードチャートで37位まで上昇し、チェスの“ロック世代の若者”を狙った戦略は成功したと言えるだろう。そして、この後、あろうことかマディ・ウォーターズとハウリン・ウルフのアルバムについても、バックにロータリー・コネクションを起用してのアルバム制作を進めるのである。

その第一弾がウォーターズの本作『エレクトリック・マッド』(’68)で、第二弾がウルフの『ハウリン・ウルフ・アルバム』(’69)である。当初、ウォーターズは“売れるならこの路線でいい”というスタンスであり、一方のウルフは“歪んだギターの音ではブルースはできない”と『ハウリン・ウルフ・アルバム』を毛嫌いしていた。まさに、この2枚のアルバムはブルースの異端であり、ロックの作品なのである。ギタリストのピート・コージーは『ハウリン・ウルフ・アルバム』のセッション時、ウルフから「ブルースにワウとファズはいらないし、お前は髪を切るべきだ」と言われたと語っている。

本作 『エレクトリック・マッド』について

マーシャル・チェスはサイケデリックロック世代の若者にウォーターズのことを知ってもらいたいのと、ウォーターズに金銭的に潤ってもらいたいという理由でこのアルバムを制作したようだが、結局ウォーターズ(やブルースの原理主義者)もウルフ同様本作を嫌っている。その理由は“ブルースではない”からで、確かに本作はブルースではなくファンク寄りの実験的なロックである。

レッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズは「ブラック・ドッグ」のリフは本作『エレクトリック・マッド』の数曲から組み立てたとのちに語っているし、ジミヘンが本作でのコージーのギターに大きな影響を受けたことはよく知られており、ロックのアーティストやリスナーにとっては、本作が素晴らしい作品だという認識を持っている人間は多い。

アルバム収録曲は全部で8曲。基本的にハードロックの方法論で本作は組み立てられており、ウォーターズのボーカルはバックのサウンドに負けないぐらいのグルーブ感を醸し出している。アルバムのキモはピート・コージーのノイジーでシャープなギターワークと、サターフィールド&ジェニングスのタイトなリズムセクションにあり、特にコージーの独創性が光る「ハーバート・ハーパーズ・フリー・プレス・ニュース」(この曲はジミヘンのお気に入りのナンバーとしても知られている)や、ピアノとサックスが(もちろんギターも)ウネリまくる「トム・キャット」などはロックの拡張性を予見させる素晴らしい仕上がりとなっている。ストーンズの「夜をぶっとばせ(原題:Let’s Spend The Night Together)」のカバーも収録している。

なお、ウォーターズは本作のあと同じ面子で『アフター・ザ・レイン』(’69)をリリースしており、本作よりは少しおとなしい出来だがこちらも良い作品である。本作ともども世間での評価は二分される結果となったわけだが、この機会に自分の耳で聴いて判断してみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『Electric Mud』

1968年発表作品

<収録曲>
1. アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー/I Just Want to Make Love to You
2. フーチー・クーチー・マン/I'm Your Hoochie Coochie Man
3. レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー/Let's Spend the Night Together
4. シーズ・オールライト/She's All Right
5. マニッシュ・ボーイ/Mannish Boy
6. ハーバート・ハーパーズ・フリー・プレス・ニュース/Herbert Harper's Free Press News
7. トム・キャット/Tom Cat
8. ザ・セイム・シング/The Same Thing

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