『サーキュラーエコノミー実践―オランダに探るビジネスモデル―』 共創を軸にしたより人間らしい経済・社会の仕組みづくり

著者の安居昭博氏

ゴミ箱が存在しない生活を想像したことはあるだろうか。

人々は新しいものを買うときに、無意識のうちに捨てることが前提となっているのではないだろうか。高度経済成長期の大量生産・大量消費の仕組み、その結果生み出された使い捨て文化が、廃棄物の増加を後押ししている。

令和3年度環境白書によると、新型コロナウイルス感染症の影響で、東京23区では2020年3月以降、前年比で家庭からの一般廃棄物は最大11%程度増加したという。

こうした廃棄を前提とした経済社会のシステムを続けていけば、ゴミの行き場がなくなってしまうのは目に見えている。

われわれはこれまでの事業、経済モデルを根本から考え直す必要に迫られている。その再考にあたってキーワードとなってくるのが『サーキュラーエコノミー』だ。

サーキュラーエコノミー研究家、安居昭博氏の著書『サーキュラーエコノミー実践―オランダに探るビジネスモデル―』は、人間の活動と自然が調和していなかったこれまでのビジネスのあり方に疑問符をつけ、新しいビジネスの可能性について実践的なヒントをくれる内容だ。欧州の政策やオランダ・日本の17の具体事例を紹介しながら、サーキュラーエコノミーの本質を解き明かし、日本がどうサーキュラーエコノミーへと移行すれば良いかを指し示している。オランダに移住し、実際に足を運び、生の声を聞きながら、オランダのビジネスについて研究をしてきた安居氏の知見と情報が詰まった一冊だ。

ここでは『サーキュラーエコノミー実践―オランダに探るビジネスモデル―』で紹介されているオランダの事例もなぞらえながら、サーキュラーエコノミーのビジネスモデルを日本で構築する上で重要なポイントを紐解いていきたい。

食や建築、ファッション、テクノロジー、一次産業、自治体の取り組みなど幅広い事例が紹介されている

廃棄物のでないビジネスモデル「サーキュラーエコノミー」

まず、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を考える際、既存の経済システムの考え方を一度取り払う必要がある。既存の経済システムとは、「資源を採掘する→作る→使う→捨てる」という、これまで一般とされていた経済システム(リニアエコノミー:線形経済)のことを指す。一方でサーキュラーエコノミーは、販売に代わるリースモデルの採用等により利用者から企業への返却や修理、再生産されることで、根本的に廃棄の出ない仕組みが導入されていることに特徴がある。またそれにより、製品設計やデザイン、サプライチェーン、エネルギー、銀行のファイナンス、投資家行動等、社会全般の変化に結びついていることも見逃せない。

3つの経済モデル

サーキュラーエコノミーは、そもそも事業活動を通して「廃棄物を出さない」「環境負荷をゼロにする」ことをビジネスの根幹に据えるのが発想の原点にある。

安居氏も本書で「日本ではサーキュラーエコノミーを、環境への利点はあるものの事業の成長とは結びつかないCSR(企業の社会的責任)のように捉えている方が多い印象がある。しかし、欧州をはじめとして世界各国でサーキュラーエコノミーの採用が進められている背景には、環境負荷軽減だけでなく利益創出やコストカット、リスク回避を同時に達成できるという経営面での合理性がある(P52)」と説明している。

経済成長することで、環境負荷も低減されていくという、経済と環境のデカップリングの実現が可能であることも、サーキュラーエコノミーの特徴だと安居氏は強調する。

デザインの重要性

本書では、「デザインの重要性」について、何度も話題に上がっている。オランダのサーキュラーエコノミー型ビジネスにおいて特筆すべきなのは「手に取りたくなるお洒落なデザイン、広めたくなる、ワクワクするようなユニークなデザイン」が商品に丁寧に織り込まれている点だ。

人の目を惹くようなユニークなデザインを意識しているというのはサーキュラーエコノミーのビジネスに限った話ではない。例えばオランダ第2の都市、ロッテルダムはユニークなモダン建築でも有名な都市で、街を歩けば風変わりなデザインの建物が見えてくる。世界の消費メーカー、ユニリーバの本社も32×133メートルの4面ガラス張りの建物で、川に半分突き出したようなブリッジ構造になっており向こう岸からも大きく目に見えるようになっている。

MVSA Architectsによってデザインされたロッテルダム中央駅の屋根には、効率的に太陽光を吸収できるような位置にソーラーパネルが設置されており、駅全体のCO2排出量のうち8%の削減に寄与している
同じく建築事務所のMVRDVが設計デザインを手掛けたオランダ最大の屋内マーケット「Markthal(マクトハル)」

このように、デザインへの投資に手を抜かないのはオランダのビジネスが成功する大きなポイントだろう。

安居氏も本書において、「オランダのビジネスに欠かせないデザイン性と日本人の美意識」という視点から分析をしている。「オランダでは、ビジネスには優れたデザインが重視される。長期的に一つのものを使うためにはデザインが重要で、時間をかけて丁寧なものづくりやデザインに向き合うことで、日本の芸術美を再び世界へ示していくことのできる好機である(P90)」としている。

ここでいうデザインは多岐にわたり、人々が思わず使ってみたくなるようなサービスデザインや、入ってみたくなるような空間デザイン、そして捨てずにずっと所有していたくなるようなグラフィックデザインなどさまざまな観点から考えることができる。

本書で紹介され、安居氏も愛用しているという世界初のリース型ジーンズ「MUD JEANS」のデニムも、お洒落で履き心地が良いという理由で購入していると彼は語る。

無意識にその商品を手に取りたくなる仕掛け

新しいサービスや商品を世の中に生み出していく上で、フォロワー(買い手)の獲得は、最初のハードルとなる。しかしここにおいて重要なのは「環境に良い」というキーワードで買い手を誘導しないということだ。

サステナビリティに対する消費者意識の醸成は今後サーキュラーエコノミー経済を実現する上で無論、重要になってくるが、消費者にリピーターとなってもらうためにはサステナビリティへの理念共感だけでは難しいだろう。

安居氏も「オランダでも環境配慮に対する意識の高い人は少数派です。企業側も意識の高い人にだけ自分たちのサービスや商品を利用して貰えばいい、というわけではなくて、むしろ一般の方々にいかに自分たちのサービスや商品を利用してもらえるかを考えています」と登壇イベントで語っていた。

企業側は、買い手に無意識に自社の商品を手に取ってもらえるような仕掛けを作っていくことに手を抜いてはいけない。

本書で取り上げられているオランダの廃棄物レストラン「Instock(インストック)」「De Ceuvel(デ・クーベル)」は筆者も実際に訪れたことがある。そこで感じたことは、サステナビリティやサーキュラーエコノミーを大袈裟にアピールすることなく、店構えや店内の雰囲気がその地域にうまく馴染んでいたということだ。

「Instock」RESCUED FOOD NEVER TASTED SO GOOD! (廃棄食材がこんなに美味しくなったことはなかった!) ユーモアのある言葉で客の目を引く
「De Ceuvel」アムステルダムを歩いていたらいつの間にか敷地内に入っている。廃材でできたレストランもあり、地域の人々や観光客が集まるコミュニティーの場

通常の買い物と同じように、デザインや見た目が優れているから、美味しいから、といった価値観が購入動機となり、ふだん無意識に購入している商品を通して初めて「チョコレートの裏側にある児童労働問題」や「スーパーで捨てられている食材や商品」の存在に目を向ける。これこそが、オランダのサーキュラーエコノミー企業の狙いなのだ。

「リジェネラティブ」が求められる時代

安居氏は「現代の私たちに求められているのは、現状維持の意味合いが強い『サステナブル』や『持続可能性』よりも、むしろ積極的にプラスの影響を与えていく『Regenerative(リジェネラティヴ)』だという認識が広まっている(P48)」という。

「これまで人間は、地球環境から食べ物や水、美しい景観といった貴重な資源を一方的に享受する存在であった。しかしリジェネラティヴな活動では、ビジネスとして収益を上げながらも、地球環境に人間の方からポジティヴな影響を与えて自然を豊かにしていく。リジェネラティヴな取り組みなくして、本当の意味での自然との共生はあり得ないように感じる(P49)」と書かれているように、人間中心で効率重視の事業のあり方も時代や環境の変化に合わせて変わっていくべきだろう。そのためには既成概念を捨て、これからの未来を考えたときに、どのような仕組みが必要とされているのかを一人ひとりが考えていくことが重要なのだ。

著者からのコメント

サーキュラーエコノミーは本質的な仕組みづくりが進められることでこれまでにないビジネスモデルの確立、環境負荷軽減、そして日常生活の新しい楽しみや豊かさの追求につながるものです。

100%たしかでなかったとしても、気になることや優先度の高いものから「learning by doing(やりながら、学んでいく)」でまずは取り組んでみて、その中でよりよくしていく。

私たちが望む未来を一人ひとりがつくりあげるために、オランダや日本の実践事例からは多くのヒントが得られると思います。本書を手にとっていただき、さまざまな可能性や希望を感じていただけたら幸いです。

安居昭博 (やすい・あきひろ)
1988年生まれ。Circular Initiatives&Partners代表。世界経済フォーラムGlobal Future Council 日本代表メンバー。ドイツ・キール大学「Sustainability, Society and the Environment」修士課程卒業。2021年6月「サーキュラーエコノミー実践―オランダ に探るビジネスモデル」出版。2021年、日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。サーキュラーエコノミー研究家 / サスティナブル・ビジネスアドバイザー / 映像クリエイター。アムステルダムと東京の2拠点で活動し、これまでに50を超える関係省庁・企業・自治体に向けオランダでの視察イベント、200社以上へ講演会を開催しサーキュラーエコノミーを紹介する。複数の企業へアドバイザー・外部顧問として参画。「トニーズ・チョコロンリー (Tony’s Chocolonely)」を初めとしオランダ企業の日本進出プロジェクトにも参画し、日本とヨーロッパ間でのサーキュラーエコノミー分野の橋渡し役を務める。「サステナアワード2020」にて「環境省環境経済課長賞」を受賞。

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