米トラクター・ビバレッジに学ぶ、環境再生型農業と大規模な外食産業を繋ぐビジネスモデル

Image credit: Tractor Beverage Co/Facebook

アイダホ州のスタートアップ企業であるトラクター・ビバレッジは、斬新なフレーバーと厳しい農業基準を武器に、健康的な「ソフター」ドリンクを店舗に提供し、新規参入の難しい飲料市場での存在感を増しつつある。同社の特徴は「農場から食卓まで(Farm To Table)」ならぬ、「農場からカップまで(Farm to Cup)」であり、生産から消費まで一貫して管理する賢明な取り組みに注目したい。(翻訳=井上美羽)

「健康志向」の飲料業界が爆発的に成長しているのは、主に缶やペットボトル飲料などのパッケージ化された「レディー・トゥ・ドリンク(ready to drink)」(RTD)や小売に限られており、外食産業(レストランやカフェ、大学など)での選択肢はほとんど停滞している。

米国農務省の推計によると、7月時点で、外食産業全体で9780億ドル(約100兆円)の市場となっており、その市場の多くは少数のキープレイヤーによって独占されている。しかし、シェアの大半を占めている既存企業は、旧態依然とした作物の栽培や流通方法に根ざしており、急速に温暖化する世界の気候やグローバルなニーズに適応できていない。

アイダホ州を拠点とするトラクター・ビバレッジ(以下、トラクター)が魅力的なのはこの点だ。農家のトラビス・ポッター氏が2015年に設立した同社は、環境再生型農業(リジェネラティブ農業:regenerative agriculture)と有機農業の方向性と、国内最大級の外食市場におけるソフトドリンクのラインナップを一新する道筋を示している。

ポッター氏は次のように語る。

「売れるものは色々ありますが、私は飲料に最大のチャンスがあると思いました。消費者は今、意志を持ってオーガニック商品を購入していますし、また、それらの商品は長い目で見れば従来のものを買うよりも安いです」

新CEOのケビン・シャーマン氏によると、トラクターは年末までに4000万ドル(約44億円)の売上高を達成するペースで拡大しており、創業6年目の会社としてはかなりの急成長を遂げている。同社の飲料は、ベジ・グリルズ(Veggie Grills)や、全米で2800店舗展開しているメキシコ料理のファースフード「チポレ(Chipotle)」のほかに、多くの大学やショッピングモールなどで採用されている。シャーマン氏は、米国の外食産業で提供されている唯一のオーガニック認証取得の、非遺伝子組み換え飲料ブランドだと話す。

環境再生型農業に移行しながら、廃棄予定の果物も利用する

現状、環境再生型農法は、規模の面で課題がある。チポレのような大規模のレストランチェーンのニーズにあった販売・流通システムを構築し、かつ利益が出るほど大量に農産物を栽培・収穫しなければならないのだ。

トラクターが出した解決策は、アイダホ州の自社農場で生産された有機・再生型農法の農産物を使用するだけでなく、同社の高い基準を満たし、廃棄されてしまうような農産物を世界中から調達することだった。同社はこれまでに、傷のある農作物や「テーブル・フルーツ(食卓にのぼる果物)には適さない」と判断された青果物を、量にして130万キロ以上扱ってきた。同社によると、今年はこれまでに約830ヘクタールの有機栽培の再生可能な土地を買収して使用しており、今後ニーズの高まりに合わせて、従来の農場から切り替えていけるよう進めている。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大における課題は、農産物そのものよりも、それを収穫する人や米国に運ぶ人材の確保だったとポッター氏は言う。「公海上で立ち往生したものもありました」と、グローバル・サプライチェーンの問題を指摘した。

もちろん、このような努力以前に、製品としての質が優れていて、マーケティングをうまく行わなければ、意味がない。「マンダリンカルダモン」や「ブロッサム&スパイス」などの斬新なフレーバーを使ったトラクターの鋭いアプローチは、清涼飲料水のラインナップ(同社は自社の飲料を「ソフター」ドリンクと呼ぶことにしている)に新しい風を吹かせた。また、茎や種といった通常捨てられてしまう部分も使用し、素材そのものを最大限に生かした。

シャーマン氏はトラクターを飲料業界の「ディスラプター(破壊者)」と呼んでいるが、同社はどちらかというと、すでに進んでいた業界をさらに進化させたに過ぎないと考えている。従来の炭酸飲料(CSD)の売上高は減少しており、消費者は少し前からなるべく添加物の入っていない飲料を求めるようになっていた。また、一般的に、無添加の飲料は環境への影響が少なく、環境配慮を求める消費者ニーズも同社が提供する飲料への需要の高まりを後押ししている。

トラクターでは、濃縮した飲料の原液を卸し、店舗で新しい浄水システムを導入する支援をしている。これにより、店舗が異なっていても、一貫した風味と成分を維持できる。これは、同社の製品への需要が継続的に増加し、病院など国内のより多くの店舗への進出を目指す上で重要なことだ。

トラクターのビジネスモデルは、環境再生型の有機農業を大規模に行えることを示し、「農場からカップまで」を一貫して行うことで、生産と消費のサプライチェーンを繋ぐ。これは、生産サイクル中に発生してしまう食品廃棄物を削減する機会を生み出し、さらに、より多くの消費者に気づきを与え、昼食の時間に意識的な購買決定することにもつながる。「私たちは不格好な果物を使って、人々をより健康に、世界をより良い場所にしていきます」とポッター氏は語った。

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