「一人一人の顔を見て」遺族、再発防止訴え 長崎県・佐世保署員自殺から1年

自殺から1年を前に、夫が暮らしていた住まい周辺を訪ね、佐世保署を見詰める妻=佐世保市

 「(署員や部下)一人一人の顔をよく見てください。頑張った人はもちろんですが、疲れた顔をした人、不機嫌な顔をした人、困った顔をしている人に声を掛けてください」。昨年10月3日、長崎県の佐世保署交通課の男性警部補=当時(41)=が自ら命を絶った。夫の死から1年を前にした今年9月末。県警からパワーハラスメント防止の所属長教養にメッセージを依頼された警部補の妻(50)は、ビデオメッセージでこう呼び掛けた。
 警部補は昨年3月に佐世保署へ赴任して以降、上司の交通課長(当時)から職場で罵声を浴びせられるなどのパワハラを受けていた。課長は時間外勤務を認めない不適切な業務管理もしていた。警部補は超過勤務が200時間前後になった月もあったとみられる。
 課長、そして管理監督の責任を果たさなかった署長(当時)。2人の行為を是正しなかった県警組織。夫を失った悲しみと怒りが変わるはずはない。そんな中、妻が県警にメッセージを寄せたのには、きっかけがあった。
 東京・池袋で2019年4月、乗用車が暴走し母と娘が死亡、9人が重軽傷を負った事故。被告へ向き合う遺族の姿、再発防止を訴える姿勢を報道で目にして「いつまでも怒りを持ち続けたくはない」という思いが芽生えた。妻も遺族として、新たな悲劇を防ぐため何か活動をした方が良いのではないか。そんな考えが去来してきた。機を同じくして県警から依頼があり、了承した。本当に訴えたい、訴えるべきことは何か。思いを巡らせた。
 ビデオメッセージの中で妻は指導の在り方に言及した。「同じことを何度言ってもできないのであれば、それは言い方が悪いんだと思います。人はそれぞれ違うので、手を替え品を替え、できるようにわからせてやるのが上司だと思います」
 妻に対し生前、「命に代えられるものは何一つない。仕事や学校が苦しければ変えればいい」と語っていた警部補。それなのにどうして夫は死を選択したのか。妻は今も考え続けている。答えは分からない。確かなことは、夫が置かれた環境は価値観を変えてしまうほど過酷だったということ。二度と悲劇を繰り返さないために「一人一人が意識改革を」と妻は訴える。
 9月のある日。「夫が亡くなった日のことを、あらためて思い出したい」と妻は警部補が単身赴任していた住まい周辺を訪ねた。佐世保署へ赴任して以降、健康を案じて週1回、自宅から夫の元へ食事を届けに通っていた。昨年10月3日も向かっており、夫の死に直面した。同じように自宅から車で向かった。夫が暮らしていた住まいの近くを通り、外から建物を眺めた。「まだ夫の魂が残っている気がして」
 月日がたち、生活の中で普通に笑うことも増えてきた。そのことに対して「何で笑ってしまえてるのだろう」と思う自分もいる。亡くなった日のことをあらためて思い出したくなった。「夫を失ったことに対する自分の感情が薄れていきそうで怖いんです」
 警部補の死を受け、県警はハラスメント防止と働き方改革に取り組んでいる。「休みをしっかり取る」「なるべく残業をせずに」という雰囲気が醸成されてきているとも聞く。県警が変わろうとしていることは理解できる。だが-。
 一つの事案、仕事を片付けるための手間、方法が変わらなければ結局は超過勤務になってしまうのではないか。「夫も好きで超過勤務していた訳ではないんですから」。妻は根本的な改革、改善を願っている。


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